『隠し部屋を査察して』エリック・マコーマック 東京創元社
どうしてこういう奇妙な話が好きなのか、自分でもよくわからないのだけれど、何一つおかしいことは起きていないという語り口調で、ねじれた世界を描きだしているこの短編集にもやはり惹かれるものがあります。スコットランド人でカナダ在住20年以上の作者は、序文で自分の物語の多くは「日常の経験からわずかにずれたマージナルな領域をあつかっている」と書いていますが、時にユーモラスで時にグロテスクな物語群です。
表題作は「わたし」=査察官が月に一度、隔離された<隠し部屋の住人>たちを査察して回る物語。完璧な人口の森林を作り上げてしまった男や呪文を操る魔女と告発された女、月に一度他人になりきる祭りを導入した町の町長(と思われる女性)など、幽閉されている者たちの話の後にさらに奇妙な査察官自身の話が添えられている。「窓辺のエックハート」は、恋人が死んでいることを発見し警察に助けを求めにきた女性が翌朝道路で死体となって発見された一年前の未決の事件を忘れられないエックハート警部の物語。その時に見つかった死体は彼女の証言とは食い違っていたが、エックハートはついに彼女の証言通りの格好で死んでいる別の男性の死体に遭遇する。ある意味ではSF的なビジョンとも言える「刈り跡」は、地上に幅100メートル、深さ30メートルの巨大な亀裂が出現し、それはカナダの町から西をめざして時速1600キロで疾走を始める物語。軌跡上のもの全てを消滅させながら24時間走り続けた<刈り跡>がもたらす世界的パニックを淡々と描いている。
謎が謎のまま放置されていて、少し歪んだ世界の事象をあるがままに楽しめる人向き。イタロ・カルビーノをもうちょっと肉付けして彩色したような世界というか・・・。
日本では先に出版されている『パラダイス・モーテル』(東京創元社)は、『隠し部屋を査察して』に収録されている短編「パタゴニアの悲しい物語」のエピソードが使われている長編ですが、6部構成で、それぞれ短編のようなエピソードが綴られてゆきます。だまくらされたようで、「いや、でも、もし・・・」、としばし佇んでしまう私って単なるばかなのかもしれないけれど、でもこの感覚って好きなんですよ。
『NAGA 蛇神の巫』妹尾ゆふ子 ハルキ文庫
「魔法の庭」シリーズなど西洋的な異世界ファンタジー作家のイメージが強い作者の新作は、現代日本を舞台にした古代神話をテーマにした作品。
主人公の高校生・涼子の母方の実家である守宮家は、おナガ様という神を代々まつってきた旧家だった。お正月に守宮家を訪れた涼子は、守宮家の長男で涼子の従兄弟にあたる渉(わたる)とともに、30年に一度の神儀の巫をつとめる羽目になる。そこで現れた何ものかは渉に宿ってしまい、彼の周囲で不思議なことが起こり始める。涼子は渉を元に戻したいと願うが、おナガ様=蛇神は復讐に燃えている。言織比売(ことおりひめ)を見い出すことができれば、涼子の願いはかなうのだろうか?
序章でぐぐっと引き付けて、中は現代っぽい冒険譚がゆるやかに展開し、終盤できちんと盛り上げ、終章で見事に昇華させているという感じ。説明過多にならずにおさえるところはおさえているバランスはうまいですね。ただ、時系列に並んでいない構成はちょっとわかりずらいかも。あと、私は女子高生らしい(?)会話で物語が進行するのはちょっと苦手で、個人的には序章のままの文体で終章までいってしまうような物語がものすごく読みたいのですが、やっぱりそーいうのは少数意見なのでしょうか・・・。
奇しくも『エンディミオン エンディミオン』に続き、「神とは何ぞ?」という物語を連続して読んでしまいましたが、観念的には月というのは全世界的観点から深く納得するのだけれど、身近に「なるほど!」と思うのは新宿都庁ビルですね。あと、インターネットにふきだまる思念というのはおもしろいですね。
しかし、なぜか、前向きな少女・涼子がしゃべっている部分は、頭が勝手に坂本真綾声に変換していました(^^;。
『エンデュミオン エンデュミオン』平谷美樹 ハルキノベルス
作品のテーマや方向性が非常におもしろいことと小説としておもしろいことはまた別の話で、うーん惜しいなあというのが正直なところ。
21世紀初頭、地上では変質殺人事件、月基地では幽霊騒ぎが横行する。それらに共通なキーワードは「エンデュミオン」。そんな最中、アメリカ北部に位置するメイプルヒルズには子供の頃から不思議な月の夢を見て育った少年・ヤンがいた。彼の夢の中で「セレネ」と名乗る少女は「月へは来ないで」と懇願するのである。ヤンは見知らぬ男に襲われ周囲の人に助けられながら逃げ回るが、やがて様々な奇怪な現象の元となっている月へ、自分が行かなければならないことを悟る。そして「エンディミオン」を月に届ける使命を遂行しようとする元宇宙飛行士たちの軌跡と、ヤンの軌跡が出会う。
神とは何か? 人間が神をつくり、その人間が今度は神を殺そうとしているのか?
月神セレネに永久の眠りを与えられた美しい羊飼いの若者エンデュミオンは、神話世界が崩壊するまで眠り続ける、というギリシャ神話を元に、エンデュミオンの覚醒を恐れる神の最期のあがきとそれでも前に進もうとする人類との形而上的な確執が、形而下の事象を通して描きだされています。
ビジョンとしては非常に興味惹かれるところなのですが、物語の進行を追う過程は残念ながらいまひとつ乗り切れなかったのですね。それぞれ無意味に登場しているわけではないのはよく理解できるのですが、たくさんのエピソードが平行しているため、結果的にはストーリーが散漫になってしまった感じ。いっそ大胆に元宇宙飛行士たちにだけフォーカスして中編にしてもおもしろかったかなあと。
絵的に一番好きなのは月面に漂う町の姿と月の海が出現したメイプルヒルズの光景ですね。
作者あとがきはちょっと反則・・・と思ってしまいました。だって、ここが一番泣けるんですもの。今度はぜひとも作品の中で泣かせてほしいです。
ともあれSF新人作家として期待大であることは間違いないですし、第一回小松左京賞受賞作『エリ・エリ』も早く読んでみたいですね。