『鳥類学者のファンタジア』奥泉光 集英社
これはめっちゃ好みだー。
ジャズ・ピアニスト池永霧子(通称フォギー、本名は希梨子)は、雑居ビルの地下のジャズ喫茶で演奏する日々に疲れを感じている三十代後半の女性。ある日、フォギーは演奏中に見えない「柱の陰の聴き手」を強く意識するが、オリジナル曲「Foggy's Mood 」を弾き始めると、彼女にも実際に黒服の女性の姿がはっきり見えた。演奏後、フォギーは店の外でその女性と言葉をかわすが、「ピュタゴラスの天体」、「オルフェウスの音階」といった謎の言葉を残し、「霧子」と名乗ってその女性は消え去っていった。フォギーは自分の芸名の由来である、顔も知らぬ祖母、曾根崎霧子を思い起こす。当時天才少女ピアニストとして名を馳せた曾根崎霧子は、子供(つまりフォギーの父)を生んだ後、離婚し、ベルリンに渡り行方不明になっていた。曾根崎霧子について調べていたフリーライターの加藤から送られてきた「オルフェウスの音階」に関する文章を読んでいる途中で、フォギーは「光る猫」パパゲーノに導かれ、気がつくと1944年のベルリンにいた。
各方面で評価の高い『グランド・ミステリー』には全然のれなくて、自分は奥泉光とは合わなくなったのかなあと思ったりもしていたのですが、この作品は文句なく楽しめました。癖のある文体もうまくはまっているし、フォギーの独白の描写には彼女が生まれ育ったバックグラウンド、時代の共通カルチャーが意識的に取り込まれていて、そのあたりの「同時代性」も非常に楽しめました。
戦時下のベルリン、ドイツ神霊音楽協会というあやしげな組織との関わり、といった、状況としては緊迫感あふれる設定かと思いきや、主人公フォギーはでたとこ勝負の憎めないキャラクターで、どことなくほんわかしているし、しかも物語の展開はある意味「とんでもはっぷん」なわけで、それでも不思議と御都合主義な感じがしないのは、さすが奥泉光なのです。
音が聴こえてくる文章を読むというのは至福の瞬間で、この作品にはそんな至福の瞬間がたくさんあります。どれをとってもその熱狂の渦に飲み込まれるような感覚を堪能させてもらいました。ラストのNYのエピソードも、その手前までで完璧といっていいほどの出来栄えなので、「もしや蛇足なのでは?」 と読む前に一瞬思ったのですが、実際読んでみてこれは本当に格別の”夢”でした。
フォギーと一緒に”旅”をして、俗世の垢をおとした気分になるというか、また一歩足を前に出そうという気分になれる気がしました。
今年の4月に出版されていますが、まだ読んでいないという方は、これからクリスマスに向けて季節的にグットタイミングなので、ぜひどうぞ。
『ヴァンパイア・ジャンクション』S.P.ソムトウ 創元推理文庫
はっきりきっぱり表紙買い。(ひろき真冬のCoolなイラスト)
おかげで思わぬ拾い物をしてしまいました。
作者はソムトウ・スチャリトクル名義の『スターシップと俳句』でキャンベル賞とローカス賞を受賞している人。(と言ってわかる人は、相当のSFオタクだけと思うけど。私もタイトルはきいたことあるけど読んだことはない。)この作品は1984年発表作(アン・ライスの『ヴァンパイア・レスタト』が1985年)。
ということで、主人公が「ヴァンパイアでロックスター」といっても、早合点してはいけません。この物語はただのゴシックものでも、ただのホラーものでもないんです。
天使の声で世界中を魅了した美少年ロックスター、ティミー・ヴァレンタイン。実は2000年の時を過ごしてきたヴァンパイア。ティミーに強引に診察を望まれた精神分析医カーラは、「自分はヴァンパイアで人間の集合的無意識から生まれた元型(アーキタイプ)だ」と告げるティミーに魅了される。カーラの元夫であるスティーヴンは大物の代役をつとめるそこそこの指揮者。スティーヴンは自分が過去にティミーと2度出会っていることを確信する。自身の少年の時の恐怖の体験と、30年以上前にタウベルクで死んだはずの少年を思い浮かべながら。
カーラがティミーの過去を追体験している間に、スティーヴンはタイの王族であるプラトナ王子ら昔の仲間と再会し、巨大な力をもった仏像の半身を探す旅にでることになる。
ティミーの周囲にさまざまな人々のドラマが展開し、最後にはティミーというジャンクションへと集約されていく。
エンターテイメントとしても十分おもしろいけれど、全編ユング心理学で貫かれているのでそのあたりにおもしろさを見い出すこともできるし、ラストの歴史を超えた壮大なビジョンにはしびれます。ヴァンパイアものでこんな物語もありなのね! と思わずうなってしまいました。訳者の方はこの作品を「ダーク・ファンタジー」と呼んでいましたが、わたしも好みの幻想系、スティーヴ・エリクソンやクライヴ・バーカーの『不滅の愛』なんてあたりを思い出しました。
作者が音楽家としても活躍されているということもあって、音楽に関する描写は的確にツボをついてきます。ティミーの歌声や、コンサートの様子、ワーグナーの『ニーベルンクの指輪』やバルトークの『青ひげ公の城』の描写など、実際に音が聴こえてくるようで、とても楽しめました。
久々に「うわーー、これ、おもしろいわ!」と思える本に出会えた気がします。わたしてきには一押し。続編もぜひ読みたいものです。