『「ABC」殺人事件』有栖川有栖/恩田陸/加納朋子/貫井徳郎/法月綸太郎 講談社文庫
アガサ・クリスティの『ABC殺人事件』をモチーフにした、書き下ろしアンソロジー。
有栖川有栖の「ABCキラー」はストレートに地名と被害者の名字が韻を踏む事件が続く話。火村&有栖川コンビが活躍します。
恩田陸の「あなたと夜と音楽と」は変化球。ラジオ番組でかけられた曲のタイトルにちなんだ連続する”いたずら”の謎は解決されないままに、ついに死者が出ることになる。せりふだけでストーリーが進むので、出だしのしゃべり口調にのれるかどうかがポイントかも。
加納朋子の「猫の家のアリス」はお得意の”死人が出ないミステリー”。早苗さんの人柄には若干辟易としてしまいますが、一つくらいハッピーエンドがあるのはいいですね。
貫井徳郎の「連鎖する数字」は、このアンソロジーの中でわたしが一番すごいなーと思った作品。謎解きうんぬんというより人間描写がすごいです。なんというか、息遣いというか、血と肉が感じられる描写というのかなあ。探偵役のずっこけコンビのキャラクターのおかげで、ものすごく暗い話が救われています。
法月綸太郎の「ABCD包囲網」は、バランスのとれたミステリー。なるほど〜と思わせる、アンソロジーの最後を飾るにふさわしい作品かな。
ミステリーを読んだのはひさしぶりだけれど、1册でこれだけ名立たる作家さんの作品を読めるというのは、とってもお徳な感じ。
『永久帰還装置』神林長平 朝日ソノラマ
実に神林作品らしい一作。
火星宇宙軍がとらえた緊急脱出用の小型宇宙機には冬眠状態の男が乗っていた。その男は自分は永久追跡刑事でありボルターという時空を超える犯罪者を追っていると言う。その男の尋問にあたった連邦中央戦略情報局のケイ・ミンは、自らの過去が二通りに分裂してしまったような奇妙な感覚におそわれる。ケイ・ミンの過去を作り替えたと主張するその男は何者なのか? 常識的には虚言癖のようなその男の言葉を果たして信じるべきなのか?
『ライトジーンの遺産』を出している朝日ソノラマでの出版なので、もっと動きのある話かなあと思っていたのですが、もちろんハードボイルドっぽい動きもありますが、どちらかというと薄皮をはがすように一枚一枚丁寧に思索していく様が記憶に残る神林作品らしい展開で、『グッドラック』からの流れがでているようにも思います。
人間がとらえている”現実”は実は確固たるものではなく、その世界の法則を超えた高次元の存在に干渉されているのではないか、という世界観は神林作品ではよくでてきますが、その上で、その高次元の存在のいいなりにならない人間、オールマイティであるはずの力をはねかえす人間の剛さが描き出されている点もまた神林作品の一つの特徴のような気がします。
この『永久帰還装置』もまさにそのような人間、ケイ・ミンが迷いながら、自らの手で自らを見い出す物語。めずらしく恋愛ものでもありますが、やっぱりキーワードは猫でしょう。ラストの一行は、決め技一本勝ち。やられました。凝縮されたすべての感情を一気に吐き出すように仕組まれているような、とでもいうか。意識するまえにぽろぽろ泣いてましたから、わたし。(あ、読後感はいいですよ。念のため。)
こうやって作者様に翻弄されながら、ついていくんでしょうね、一生(笑)。