『EDGE3 〜毒の夏〜』とみなが貴和 講談社X文庫ホワイトハート
EDGEシリーズも早3作目。かなり安定したシリーズに成長していますね。
今回は喫茶店のシュガーポットからガリウムヒ素が発見された事件から始まる。ガリウムヒ素は毒性がないため被害はなかったが、次に起きたドラッグストアの化粧品売り場に青酸ガスが仕掛けられた事件では、松並巡査部長の友人が被害に合い意識不明の重体になる。病院で、4年前藤崎が倒れた時の自分を思い出さずにはいられなかった錬摩は、松並に事件の捜査の手伝いを申し出る。
冒頭の通勤電車内の描写といい、犯人が抱える「毒」には非常に共感するものがあります。そのせいか、今回はあまり犯人の心情吐露がうっとおしくなかったですね。まあ、合間に藤崎家出事件が入っていたりするので、犯人だけにスコープが当たっている部分が比較的少ないせいもあるかもしれませんが。小説としてのまとまりもどんどん良くなっているなあという気がします。ただ、3つ目の毒のアンプルっていくら治療を受けていたからといってそんなに簡単に手に入るものなのか? というのがちょっと疑問でした。今回はシュガーポットといい、(あれだけやっても)”人が死なないミステリ”という体裁といい、北村薫へのオマージュか?と思わずにはいられませんでしたが(笑)。
前作で錬摩の過去が明らかになり、それとともに内藤家の人々あるいは警察関係者とのスタンスが明確になり、登場人物たちのキャラクターがきちんと立ってきた感があります。錬摩の設定はかなりとんでもないなあと思いましたが、でもやっぱりあのキャラクターってかっこいいし(あこがれるし(爆))、少なくとも女であることへの否定とそれに相矛盾する感情みたいなところが非常にいいです。錬摩が藤崎の残された留守録テープをためらいながら再生するところは名場面でしょう。
なにやらあからさまな伏線も張られていて、またまた次回作が楽しみですね。
『マザーレス・ブルックリン』ジョナサン・レサム ハヤカワミステリアス・プレス文庫
普通のミステリ文庫という装丁なので、教えてもらうまで気付かなかったのですが、作者は、近未来を舞台に、コードウェイナー・スミスとフィリップ・K・ディックを彷佛させつつ、実にしぶいハードボイルド小説を描き出してみせた『銃、ときどき音楽』の著者ジョナサン・レサム。彼のミステリーと言えば、もちろんひとすじ縄ではいきません。
孤児院育ちのライオネルら4人の少年を雇い、いっぱしの大人に成長させたのは、ブルックリンのちんぴらフランク・ミナだった。ボス・ミナを中心とするミナ・エージェンシーの小さな世界。それはミナが殺されることによって崩壊するしかなかった。ライオネルはミナを殺した犯人を探しだそうとするが・・・。
ハードボイルドといえば一人称。この物語も主人公・ライオネルの視点で書かれていますが、彼はトゥーレット症候群のため、突如として意味不明の言葉を叫び出す症状に悩まされています。他人にはけっして理解されない彼の世界を、時にユーモラスに時に絶望的な道化の孤独をにじませながら描いてゆきます。それは同時に、彼自身も周りの人たちの世界をちっとも理解していなかったことに気付いてゆく過程でもあります。
レサムの文章は独特の雰囲気がいいです。意味不明の言葉の羅列は当然原文はまた違うニュアンスがあるのでしょうが、訳者の苦労のおかげもあり、言葉の壁を超えて伝わってくるものがあります。哀愁というと甘過ぎるくらいシャープな切り口で、淡々とやりきれなさを語り、でもなにがしか底にはやさしさがあるような。世界をこんな風に切り取って見せられる人間が本物の作家なのだと思います。
いろいろと細かいアイテムの使い方も効いています。ミナのボスの住宅とほこり、車とハンバーガー、ペンギン、等々。あやしげな禅のマスターが事件の中心にからんでくるあたり、なにやらオタッキーな臭いもしてきますが(笑)。
映画化の予定もあるとか。映画の原作者としてでも、ミステリ作家としてでもなんでもいいから、名前が売れて、たくさん本が出版されるといいなあ・・・(願望)。