2001年6月



『2001年宇宙の旅講議』巽孝之 平凡社新書
 『2001年』のヴィジョンがいかなる未来予測をしたのか、ではなく、『2001年』という映像がいかにわたしたちの現実を変えたのかーーーそれが問題だ。(本書p.12)

 誰もが知っている『2001年宇宙の旅』。
 本書は上記引用の視点の元、『2001年宇宙の旅』という映画が社会に与えた影響を幅広くひも解いてゆきます。それは同時にSF史と社会というテーマでもあるので、過去のSF作品を読んでみたいが何を読んだらいいかわからない、という人にはかっこうの指南書ともなり得ます。
 リアルタイムにその時代の空気がわかるという点では、第二章「モノリスの陽のもとにークラーク、ギブソン、アッシュボウ」が一番おもしろかったです。

 「2ちゃんねる」の「月面のモノリスは偽造! フロイド博士驚愕の告白!」を知っている人も知らない人も、『2001年宇宙の旅』を観たことがある人は、本書を読みながら20世紀後半を振り返ってみるとおもしろいと思います。

 読み終わってふと思ったのは、『2001年』の影響の大きさは確かに莫大だけれど、個人的な刷り込みという点では、やっぱり宇宙ステーションよりはスペースコロニーなんですよね(^^;)。



『ノービットの冒険ーゆきて帰りし物語ー』パット・マーフィー ハヤカワ文庫SF
 タイトルからお分かりの通りこれはトールキンの『ホビットの冒険』を下敷きとしている物語なわけですが、あのファンタジーの王道の舞台をスペース・オペラにして果たしておもしろいのか?
 これがどーいうわけか本当におもしろい。訳者・浅倉久志の太鼓判マークは伊達じゃありません。

 小惑星帯に住むノービットは、素朴なライフスタイルを続け自分たちの住処に愛着をもち、冒険よりは午後のお茶を選ぶ愛すべき人種。ノービットのベイリーはある日、帰宅途中に偶然漂流していたメッセージ・ポッドを見つけます。律儀に宛名人にメッセージを送ったベイリーのところに伝説の冒険家ギターナが現れ、ベイリーはもののはずみで、銀河系の横断ルートを次々と発見したクローン一族・ファール一族とともに、冒険の旅にでるはめに・・・。

 小柄で小太りのノービット。太陽系外にでたことのないベイリーが、未知の銀河中心まで行こうという探検隊の中で、どうやって活躍するかは読んでみてのおたのしみ。「指輪」も「ドラゴン」も「ゴクリ」だって出てきてしまうんですから!

 痛快なスペース・オペラで、しかも、「ただ舞台を宇宙にしました」というようなあまっちょろい設定ではない上に、『ホビットの冒険』のみならず、ルイス・キャロルの『スナーク狩り』まで拝借していながら、見事にきまっているのには脱帽。こんなにおもしろいなら「本編も・・・」と思いかけてしまうのは、欲張り過ぎかもしれませんが。

 それにしても、おいしそうな食べ物がぞくぞく登場するところまで『ホビットの冒険』と同じだなんて・・・。空腹な時には絶対読んじゃいけない本ですね(笑)。



『三人のゴーストハンター[国枝特殊警備ファイル]』我孫子武丸/牧野修/田中啓文 集英社
 この本が本棚に並んでいると持ち主の品性を疑われるのではないかという一抹の不安が・・・(笑)。
 しかし、なんといっても、我孫子武丸、牧野修、田中啓文、この今をときめく豪華な三人衆の連作集ですからね。好奇心猫をも殺す。

 物語はタイトル通り三人のゴーストハンターが通常の警備会社の手に余る怪奇現象を次々と片付けていくというお話。「邪霊を祓うには、邪悪なパワーが必要」と豪語し、言葉にしたくないような方法で調伏する怪僧洞蛙坊。人の妄念が虫や獣の形をもって「見えて」しまう美青年比嘉。すべての怪奇現象は合理的に説明できると断言する元レーザー工学の第一人者で大学教授でもあった山形。
 三人は国枝特殊警備保障の国枝社長に雇われており、アシスタントの元オカルトアイドル小百合と共に事件があれば現場に駆け付ける。彼らは4年前、テレビ局の企画で幽霊館に集められた際、何らかの異常現象に遭遇し、三人は大怪我を負い、国枝は娘を失い、小百合は妹を失っていた。その時何が起こったのか? テレビ局のスタッフが全員死亡した中で、生き残った三人に記憶はない。国枝が関係者を集めて警備会社を始めたのも、真実を知りたい、”犯人”に復讐したい、という気持ちからである。

 洞蛙坊のエログロぶりを微に細にギャグ満載で描写する田中啓文。美青年比嘉の「イっちゃってる」様子をねっとりと描きだす牧野修。怪奇現象にしか見えないものが凡庸なトリックに化ける心地よさを嫌味な山形像とともに披露してくれる我孫子武丸。オカルトあり、ホラーあり、ミステリーありと楽しませてくれます。

 最後は4年前の事件の真相が明かされるわけなんですが、これがなんと洞蛙坊バージョン、比嘉バージョン、山形バージョンと三つあり、まったく独立したマルチ・エンディングという仕掛け。好みのラストを判定するYES/NOテストまで用意されているんですね。A判定の結果を思いっきり馬鹿にしていた私ですが、三話とも読んでみて、なぜか洞蛙坊バージョンが一番しっくりきたのに愕然としております・・・。

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