『アイオーン』高野史緒(早川書房)
舞台はヨーロッパ中世、とおもいきや、我々に馴染み深い歴史とは異なる時を経てきた世界。この世界では古代ローマ帝国時代にすでに人間は人工衛星や放射能を扱うほどの科学文明をもち、その愚かさ故に没落した。そして、数百年後、科学を悪とし、信仰を絶対とする暗黒時代が誕生していた。その時代に、信仰に生きながら、物質の恩恵を探究し世界の真実を知りたいという欲求に揺れる青年医師ファビアンを一つの定点として、様々な物語が紡がれてゆく。
SFマガジン掲載分プラス書き下ろしで構成される連作集。ハヤカワSFJコレクションシリーズとして出版されていますが、やっぱりこの人は業際の人だなあと思います。SF物でも歴史物でもファンタジー物でもなく、それらの要素が諸々混ぜ合わさって生み出される物語。好きなものを凝縮していったらこうなりました、という感じで、波長の合う人はぞっこん惚れるというタイプで、そういう意味では読者を選ぶタイプの作品かも。
1冊通して読むと、ファビアンの生涯をなぞった形になるせいか、なんだか自分が老けこんだような気がします。初出の「エクス・オペレ・オペラート」から約4年という歳月の重みを自分なりに感じるせいかもしれませんが。ファビアンの視点から観ると、こういう作品にはもっと若いうちに出会いたかったという気持ちが半分、一方、今だからこそ世界を外から眺める鳥瞰の視点で物語を楽しめる、という気持ちが半分。
ともあれ一編一編丁寧に綴られた秀作。「S.P.Q.R.」のネットをもじったモチーフはちょっと物語から浮いてしまっているような気がして個人的にはあまり好きではありませんでしたが。一番のお気に入りは「トランペットが美しく鳴り響くところ」。このように哀しくもあたたかく美しい物語を私は愛してやみません。
次作はロシアとオペラがモチーフに入っているとのことで、非常に楽しみです。
『ねじの回転』恩田陸(集英社)
「あなたは志しなかばで亡くなりました。全人類のためにもう一度死ぬまでの数日間を繰り返していただけませんか?」
と言われたら、あなたならどうしますか?
タイムトラベルと歴史改編というテーマに挑んだ恩田陸最新刊は、国連という名の元に、歴史上の当事者たちを巻き込んで、歴史を書き替えようという試みの一つのてん末を描いた渾身作。
舞台は二・二六事件。「より良い世界」のために再生され、確定されるべき歴史上のイベントは、史実と異なることが起これば、不一致とみなされ作業は中断される・・・はずだったが、必ずしもそうではないことに当事者たちは気付く。これを利用して昭和維新を成すことができないか? 国連のプロジェクトメンバーと国連に協力する当事者たちの様々な思惑がからみ合い、事態は予測を超えた方向に動いて行く。
先が読めない展開で、イベントの行方をどきどきしながらページを繰ってしまいます。二・二六事件を背景&登場人物ともに上手く料理して、この突飛な設定の物語に見事に溶け込ませています。(石原莞爾をどう使うかってだけでもすごく難しいと思うのですが、いやー、上手いです。)
ジョンの言動には最後の最後まで矛盾があるような気がするんですが、まあ彼は彼のみが信奉しているものに対して忠実であればいいわけで、そーいうキャラとしては完璧というべきか。
『マトリックス』+『ディファレンス・エンジン』と言われていますが、わたしてきには『12モンキーズ』も入れてくれ、って感じですね。
時折はさまれるmonologueが効果的で、苦い残滓が後を引く、深みのある物語。恩田陸の代表作の一つとなる作品でしょう。