2003年1月



『かめくん』北野勇作 徳間デュアル文庫
 いまさらながら読みました。みんなほめてますが、ほんとにこれはいい、実にいい、すごくいい!
 ほのぼの日常SF。
 リストラされて寮を出なくてはいけないかめくんが、アパートを探すことろから物語が始まる。新しい職場をみつけ、図書館で職員さんたちとお友達になり、かめくんの日常が流れていく。そんな日々の暮らしの中で、お散歩をしながら「世界とは何ぞや?」とちょっと哲学してしまったりもする。そんなかめくんは、ほんもののカメではなくて、「木星戦争」に投入するために開発されたカメ型ヒューマノイド・レプリカメ。必要のない過去の記憶は封印されているらしい。

 ほのぼのさとものごとの核心をつくシュールさが同居していて、同時にちょっと切ない。職人芸ですね。(とっつきやすいけれど、誰彼真似できるしろものではありません。川原泉と通じるものがあるかも。)

 こういう作品こそ広く読まれて欲しいです。



『ロンド』柄澤齋 東京創元社
 うぬぬ、言葉がありません。
 この形而上的かつ具象的な物語が卓越した筆力で描き出された作品の前には感嘆符が出てくるばかり。。。帯で『虚無への供物』と『薔薇の名前』が引き合いに出されているのをみて、「大仰な」と思った人は、読んでみるべし。

 過去にただ一度少数の人の前にだけ公開された幻の絵画『ロンド』。突然の作者の死後、行方知れずとなっているこの作品に焦がれる学芸員・津牧。彼の下に、”『ロンド』の系譜を引き継ぐ”という推薦文が添えられた新人作家の初個展の案内が届く。会場と指定された美術評論家の家を訪ねた津牧はショッキングな事件に巻き込まれるが、それはこの『ロンド』にまつわる連続殺人事件の幕開けであった。

 謎解きのためだけのミステリには元々あまり興味がなくて、ペダンチックに傾き過ぎたミステリにも我慢がならない今日この頃、読後にこれだけ大きな充足感をもたらすミステリにお目にかかるとは驚き。

 古典的なミステリの構図を持ちながらも、個性的なヴィジョンが展開されます。作者自身が版画家ゆえにみえることというのもあるのでしょうが、目に見えるものを理解することと、それを文章で表現し、他人に伝えることというのは、まったく異なることなので、この文章力には本当に感服します。洒落た文章というのは、不用意に難しい言葉や気取った言葉を多用するものではなく、言葉がおさまるべきところにおさめられているが故に美しい文章なのだと思いますが、この作者はそれを見事に実践しています。

 600ページ強ありますが、テンポよく展開して、中身もぎっしりつまっているので、途中で飽きることはありません。(実を言えば半ばすでに”犯人”は判明するのですが、そこから後半がまた読みごたえがあるんですわ。)読み終わっても『ロンド』のビジョンがまぶたに焼き付いて痛みを覚えるような幻惑感に襲われました。いやはや、すごい!

 これに\3,300は高くないですって。

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