『アリス Alice in the right hemisphere』中井 拓志 角川ホラー文庫
世界が崩壊していく・・・。そこにはミサイルも化学兵器もウイルスもない。ただ、ただ、世界を認識する道具である「言葉」によって、世界が壊れていく。
7年前大学の医学部の研究棟で起きた「瞭命館パニック」は、死者を含む60名以上の重度の意識障害者を出した。その事故を引き起こしたのは、極秘裏に隔離された比室アリスというサバン能力をもつ少女だった。外界から遮断されたシェルターで自己の世界に閉じこもっていた彼女が目を覚ます。外に出たアリスの影響で市街地にパニックが広がっていく。
一見パニックホラーのようでいて、作品の醍醐観はイベントそのものではなく、それをもたらす「この世界をこの世界として認識しているものは?」という異なる世界観の謎解きであり、形而上的、哲学的な話がかくも明瞭かつリアルに小説という形で表現されていることがすごいです。世界がひっくり返る、という不安かつ不快すれすれのスリルと快感をもたらしてくれます。
それにしても著者の筆力は尋常ではないです。子供たちがアリスの世界に侵食されていく様、とりわけ春奈の描写にはぞくぞくします。
地味派手な作品ですが、今年の国内SFの収穫ってこれ一作で十分じゃないかと思うほど、わたしてきには感銘を受けた一作です。
p.s.
蝶の描写には反射的に「カウボーイ・ビバップ」の映画を思い出しましたけど。