98年に読んだ本から(海外編)




スティーブン・ミルハウザー
『三つの小さな王国』 白水社 
『イン・ザ・ペニー・アーケード』 白水社Uブックス
『バーナム博物館』 ベネッセ/福武文庫

 98年は、私にとってスティーヴン・ミルハウザーとの出会いが一番の収穫でした。ミルハウザーの作品は、幻想ファンタジーではなく、あくまで幻想的な小説なのだと思いますが、あたり前の世界の中から夢幻の世界を出現させてみせるマジックはとても魅力的です。
 例えば目の前にある人工物が生気を帯び、あたかも生きているかのごとく動きだす瞬間。ぜんまい仕掛けの人形、コマにとじこめられた画、ピンボール・マシーン・・・それらが動き、輝き出すように懸命に作業に没頭する主人公達が成功する瞬間、世界は味気ない日常から驚きあふれる世界へとシフトするのです。

『三つの小さな王国』
 3つの中篇から成りますが、私の一番好きな作品は「J・フランクリン・ペインの小さな王国」です。
 主人公は、「十セント博物館の夢」という六コマ白黒漫画の新聞連載をヒットさせ、幻想的な漫画を展開させていきますが、やがて新聞社の編集意向とのずれが生じ、その一方で独力のアニメーション作成に心血を注ぎます。
 漫画やアニメーションの繊細な描写と共に、主人公と彼を取り巻く人々の心のひだが浮き彫りにされ、淡々と描かれているようで、その実非常に練られた作品だと思います。ラストは静かな感動に包まれました。
 「王妃、小人、土牢」は寓話のようですが、王妃をめぐる物語は「そして真実の物語はどこに」と思わせるような余韻を残します。実験小説的な「展覧会のカタログ」は、26枚の絵画の解説が綴られるという様式ですが、いつのまにかその絵画と絵画の作者の物語に引き込まれていました。

『イン・ザ・ペニー・アーケード』
 三部構成で、中短編が収録されています。
 この中の「アウグスト・エッシェンブルク」は、19世紀後半のドイツを舞台とする、ぜんまい仕掛けの自動人形作り師の物語ですが、ミルハウザーの作品にしばしば登場するパターンを踏襲しつつ、かけがえのない夢幻の輝きと失われるさだめの暗い魅力が、時代の文脈でかつ時空間を越えるものとして描かれています。多分この作品がお好きな方はミルハウザーがお好みなのだと思います。
 その他、表題作はもちろん、つかの間のファンタジックな雪の世界を描いた短編「雪人間」もとても気に入っています。

『バーナム博物館』
 「シンドバッド第八の航海」
 「ロバート・ヘレンディーンの発明」
 「アリスは、落ちながら」
 「青いカーテンの向こうで」
 「探偵ゲーム」
 「セピア色の絵葉書」
 「バーナム博物館」
 「クラシック・コミックス#1」
 「雨」
 「幻影師、アイゼンハイム」

 おもしろい短編はタイトルをみただけでわくわくしてくるものですが、いかがでしょうか?
 本歌とりの「虚構の虚構」の物語有り、ゲームの進行と共に語られるプレーヤー一家の物語有り、虚空に人間を出現させるに至ったマジシャンの物語有り。「バーナム博物館」の展示室のように、とらえがたく、奥へ奥へと誘われるように作品群です。

 尚、上記作品はすべて柴田元幸訳で、美しい訳文がミルハウザーの魅力をより一層引き出しているように思われます。



『水の都の王女』(上下)&『神住む森の勇者』(上下)
J・グレゴリイ・キイズ ハヤカワ文庫FT
 
 非常によくできたファンタジーで、ひさびさに異世界ファンタジーを堪能したなあという感じ。

 『水の都の王女』
 女神に恋をし、彼女を飲み込み食らうという大河の神を殺さんと野望を抱く、北方牧畜民族の青年ペルカル。大河の神を信仰するノール王国の都で、神官たちに連れ去られた従兄弟の行方を探り出そうとする、王女ヘジ。夢の中で各々の姿を見る二人が、やがて出会う運命の日が・・・。

 最初の方のペルカルの冒険談はいま一つのりきれなかったのですが、ヘジがでてくると俄然おもしろくなりました。知りたい一心の無鉄砲なまでにがむしゃらなヘジと気難しい図書室の管理人ガーンのコンビがよいですし、大河の神の血にまつわる謎には興味津々です。

 しっかりした奥行きのあるこの世界は、決して過剰ではなくそれでいてきちんと細部まで描きだされていますが、そのイメージに加藤洋之&後藤啓介のイラストがぴったりです。私はとりわけ、ペルカルが水の都に着くところの町の描写がとても好きです。

 『神住む森の勇者』
 『水の都の王女』の続編にあたります。『水の都の王女』のラストがあっけない気がしたのですが、なるほど、続編をもって一つの物語として完結するのですね。

 のっけから、前作の重要人物がびっくり再登場。ペルカルとヘジの自己探求の旅は、神々を巻き込み、前作よりもさらにスケールアップした物語になります。読み進めるにつれて、果たしてどうやって収拾をつけるのか?と心配になるほど奥へ奥へと入り込んでしまうような展開ですが、最後は見事におとすものですね。少年と少女の成長物語、異なる民の衝突、神々の戦い・・・等々ファンタジーのパターンを踏まえた物語でありながら、「○○のような」という何かに重なるイメージではなく、この異世界独特のおもしろさがあり、とても新鮮でした。

 一つだけ不満をあげると、場面が盛り上がった絶頂のところで、さっと場面転換する手法には若干気がそがれました。効果的な手法であることは重々承知ですが、それでもあまりにたくさんやられると読んでいて疲れてきてしまいました。まあ、それだけ盛り上がる場面がたくさんあるってことですけど。



『8(エイト)』(上下) キャサリン・ネヴィル 文春文庫  
 ハードカバー出版時から気になっていた本ですが、めでたく文庫化でついに読むことができました。雰囲気としては『フーコーの振り子』をもっと読みやすくして、ハーレクイーン・ロマンス味も付けた冒険ファンタジーといった感じでしょうか。宇宙を動かすほどの力を秘めているという伝説のチェス・セット「モングラン・サーヴィス」をめぐって、18C末のフランスと現代と2重のストーリーが展開されます。

 フランス革命直後、モングラン修道院の見習修道女であったミレーユは「モングラン・サーヴィス」の守護を修道院長に命ぜらる。タレーラン、マラー、ロベスピエール、ナポレオン、エカチェリーナと「時の人々」が次々と登場。一方、70年代はじめNYに始まる現代の物語は、コンピューターの専門家キャサリンが主人公。占い師の言葉に導かれるように、かつてミレーユが辿り着いた地アルジェリアに赴くことに・・・。知人の娘でチェス・プレーヤーのリリー、ロシア人のチェスのグランド・マスター、ソラリン、と個性豊かな登場人物に加えて、アルジェリアの秘密警察も登場し、謎は謎を呼び、やがて巨大なチェスのゲームが全貌を現す。

 全ての要素はつながりをもち、つまりは巨大なチェスのゲームの一駒なのです。断片が断片である間は、あちこちに話がとぶようにみえ、一方同じチェス盤の上の物語であることがわかると、今度は全てがあまりに「偶然」に見えるかも知れません。しかし、偶然を物語の必然に変える力は、作者の力量なのだと思います。私は十二分に楽しめました。

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