99年1月




『バガージマヌパナス わが島のはなし』
池上永一 文春文庫

 第6回日本ファンタジーノベル大賞受賞作。それほど好みではないかなあと思って文庫化を待ちましたが、いざ読んでみるとこれは当たりでした。

 自由気ままに生きる19歳の綾乃は、これまた自由奔放な人生を送る86歳のオジャーガンマーと大の親友。ガジャマルに樹の下で、ユンタンク(おしゃべり)に興じ、「今日は何をして遊ぼうか」が二人の行動指針。綾乃はユタ(巫女)になれという神のお告げを受けるが、そんなことはまっぴらごめん。しかし、昔、神様のお告げを無視したオジャーガンマーは綾乃に神罰を甘くみるなと諭す。なかなかユタになることを承諾しない綾乃に対して、神様は手をこまねき、さまざまな駆け引きをするが、やがて「ユタが拝む理由」を見せられた綾乃は心底からユタになる決意をする。

 沖縄の言葉と風物あふれる文章は、綾乃のゴム鞠のようなテンポが爽快です。「巫女」というと凛とした神聖なイメージが強いのですが、型破りの綾乃も、押し売りおがみはするわ、綾乃いじめはするわの先任ユタ、カニメガも、そして「神様」自身もコメディーちっく。しかし、「ユタが拝む理由」や綾乃の敬虔さが「かたち」にとらわれたものではないからこそ、素直に受けとめられるのですね。

 三線の音色がこだまするような余韻には、ひさびさに本当におもしろい本を読み終わった時の充実感を覚えました。



『ゾッド・ワロップ あるはずのない物語』
ウィリアム・B・スペンサー 角川書店
 
 物語の世界が現実を侵食する話と言われると、つい心ひかれてしまうのですが、ディックほど陰欝としておらず、明るいファンタジーというには狂気じみている世界。滑稽さというめくらましの中で手探りしながらシリアスという扉を開けてゆく・・・そんな奇妙な感覚を味わいました。

 童話作家の主人公ハリー・ゲインズボローは、娘のエイミーを水難事故で亡くし、そのショックから立ち直れず、離婚の果て、3年前に鬱病のためハーウッド心療クリニックに入院。入院中に書いた童話『ゾッド・ワロップ』はベストセラーになったが、現在は田舎で隠遁生活のような日々。そこへ、彼の大ファンであるレイモンド・ストーリーという青年と仲間が押しかけてくる。レイモンド達はハーウッド心療クリニックでハリーと知り合った患者で、病院を脱走してきたのだ。彼らは、出版された『ゾッド・ワロップ』とは異なる、ハリーが最初に書いた原本に触発されて行動しているのだが、徐々に現実もその世界に侵食されていく。その背景には、入院中に投与されていた精神病薬の人体実験があり、いやおうなくハリーもレイモンド達と行動を共にするが・・・。

 自分の子供の死には比すべくもないですが、最近とあることで「喪失感」を痛感してこの作品を思いだしました。生きていると「なかったこと」にしたいことがたくさんあって、でも「なかったこと」にすることは世界の否定なんですよね。

 遊園地の回るティー・カップのように、とんでもなく話が跳んでいくようでいて、実は軌道は円を描いていたことに気がつくラスト。たどりついたのはハリーの癒しの場所でした。先の読めない展開が楽しめます。



『オルガニスト』山之口洋 新潮社  
 第10回日本ファンタジーノベル大賞受賞作。
 これはミステリーですね。
 ヨーロッパ風味と音楽という題材からは、ファンタジーノベル大賞歴代受賞作の『ムジカ・マキーナ』(高野史緒)、あるいは『バルタザールの遍歴』(佐藤亜紀)を連想しますが、それらに比べるとアクのない分広く受け入れられ易いかなあと思う一方、物足りなさも感じます。

 ヴァイオリニストのテオ・ヴェルナーが受け取った一枚のディスク、そこにはブエノスアイレスの教会に出現したオルガニスト、ハンス・ライニヒの類まれなる演奏が録音されていた。その演奏にヴェルナーは9年前自動車事故で半身付随となり失踪した友人、天才オルガニスト、ヨーゼフの姿を重ねる。ライニヒの経歴は謎に包まれ、演奏会に現れても人を避けるように行動する彼には、なかなか接触することができない。ヨーゼフの師であった世界的に有名な盲目の老オルガニスト、ラインベルガーはなぜかヨーゼフの演奏を否定する。ラインベルガーが演奏中にオルガン演奏台の爆発により死亡するという事件がおき、その捜査に協力することになったヴェルナーは、やがてライニヒの軌跡との接点にたどりつく。

 ストーリーはある程度先が読める展開なので、意外性のおもしろみには欠けます。それでもテオ、ヨーゼフ、ラインベルガーのそれぞれお互いの存在関係というものに、読者を自然に感情移入させるあたりは、さすがにうまいです。
 パイプオルガンとはかくも複雑な楽器なのだあと秀眉を開かれる思いでしたが、この作品、「パイプオルガン」という道具があってはじめて成り立つ物語であり、おもしろみでもあるので、この作者が次に果たしてどんな色の作品を持ち出してくれるのか大変興味のあるところです。

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