缶切りを使わなくても簡単に開く缶詰。 缶のふたには、取っ手(タブとかリング)が付いていて、それを引っぱると開く。 便利なしくみだ。
ただし手加減がまずいと、取っ手がとれてしまって、開かないことがあるらしい。 その手加減が、どうまずければ、しくじるのだろう。 というか、手加減が良いときは、どうして開くのだろう。
缶のふたは、周辺部にぐるっと細い溝をきざんである‥図1の*。 溝の断面は図2のようで、谷のところでは部材が薄いから裂けやすい。 だから溝にそって全周ぐるっと裂けば、ふたが開く。
だが薄いとはいえ部材は金属、薄紙を裂くのとはちがうだろう。 裂くためには、図3のように力をかけて引っぱる。 力はaとbのように、面に垂直にかける。 そうすれば、裂こうとする力の働きが、裂きたい場所*に集中する。 だから力は特別に強くなくてもよい。 いったん端のところが裂け始めると、そこから先は容易に裂けていく。
もし力のかけ方が、図4でのaとbのように、面に沿っていたらどうだろう。 溝を裂こうとする力の働きは、溝に沿って広がるので薄まる。 溝のどこか一点において、裂こうとする働きは弱い。 裂くためには、aとbをうんと強力にしなければならない。
さて図1の缶では、取っ手を使って、裂け始めるきっかけをつくる。
ふたの面に付いた取っ手を、断面にすると図5のようだ。 取っ手は、bを支点とする「てこ」として働く。 もちろん支点は、ふたの面に固定してある。 端aを*へ引き上げると、端cがdのところを強く押し下げる。 端cは尖っているので、dを押し下げる力が一点に集中して働く。 力*の強さがほどほどでも、dのところでは溝が、ぷすっと裂ける。
続いて取っ手を、もっと引き起こす‥図6の*。 さらに図7のように、取っ手がふたの面に垂直になるまで起こす。 このとき、ふたの*部は、L字形に曲がっているであろう。 ふたを上から見おろすと‥図8、L字形に曲がったのがa-a' で、溝はb-b' 間が裂けた。 そして、垂直になった取っ手が*にある。
その取っ手*を、こんどは上に引っぱろう。 L字に曲げたことで、a-a' 部は固いから、*を引く力は、aとa' に半分ずつ伝わる。 このときaとbのところに着目すると、それは図3での*によく似ている。 なので図8にて、*を引っぱり上げると、aとbのところで溝が容易に裂ける。 同じことがa' とb' についても成りたつ。
ふたが開いていくと‥図9、開いた部分は湾曲するから、L字曲がりに似て固さをもつ。 だから引っぱり上げる力は、裂きたい場所*にしっかり伝わる。 こうして溝がどんどん裂けていくと、缶詰が開く。
では、手加減がどうだと、しくじるのだろうか。
図5にて取っ手を起こすとき、支点bには、ふたから引きはがそうとする力が強く働く。 なので取っ手を取り付ける際には、支点が引きはがされないように強度をもたせてあるだろう。 その強度には多少の余裕があってほしいが、多くは望めない。 支点の取り付け強度にはおのずと限界がある。
さて図6で、溝がぷすっと裂けた時点では、さあ、これで開くぞと早合点したくなろう。 そして、たとえばXの向きへ、引っぱりたくなるかもしれない。 その力は、溝を裂く働きにおいて、図3ではなく図4の構えに近い。 だから、ちょっとやそっとの力Xでは、ふたは開かない。 それで力まかせに引っぱると、支点の強度限界をこえて、ぼろっと取っ手がはずれる。
つまり支点の取り付け部は、構造上のウィークポイントといえる。 その強度に余裕がどれだけあるかは、缶詰によっていろいろだろう。 なかには、余裕が乏しいものがあるかもしれない。 そういう可能性を考えて、安全策をとるなら、以下のような手があろう。
缶詰はテーブルに置いて、片手でおさえる。 もう片手の親指の先を、図5にてbとcの間に置いて、ぐーっと押し下げる。 そして、押し下げるのを補助するような感覚で、人差し指か中指でaを*へと引き起こす。 こうすれば、支点bを引きはがす作用が緩和される。 そして図7のステップまで確実に行ける。
缶詰には注意書きで「取っ手を垂直に起こす」「上向きに引く」と指示があったりする。 この指示は、つまり良い手加減のことだから、必ず守りたい。
ふたを確実に開けるには、このように多少の配慮を要する。 それでも缶切りを捜し出してからギコギコと切る手間に比べると、簡単に開く缶詰はやはり便利だ。

図1


図2


図3


図4


図5


図6


図7


図8


図9

目次へ戻る