エスカレーター上で、人は歩いてはならない。 まして逆向きに歩くなんてもってのほか。 だから以下の話は、どれも架空の話。
人がひとり、下りのエスカレーターをせっせと歩いて上っている‥図1。 歩く速さをエスカレーターに合わせるので、人は昇降することなく一定の位置を保つ。
脚の先は、F という力で段を押す。 エスカレーターが動くにつれて、力 F が作用する場所は、たとえばAからBへうごく。 すると力 F は、エスカレーターに対して仕事をする。 いいかえると人は、エスカレーターにエネルギーを与える。 そのエネルギーの出どころは、もちろん人の脚力にある。 脚の筋肉が、外力に抗して収縮することで、外部に対して仕事をなす。 このとき筋肉は、体に蓄えられた化学エネルギーを消費して、力学エネルギーを生みだしている。
ここでエスカレーターを、足踏み水車に置きかえた‥図2。 脚で水車をまわして、水を高いところへ持ち上げる。 持ち上げられた水は、位置エネルギーを増す。 その増し分は、脚の筋肉が生みだしたエネルギーの分量に等しい。 そのような収支勘定は、エスカレーターの場合ではどうなるのだろう。 生みだしたエネルギーは、どこへいくのか。
エスカレーターは、段々が多数つながって斜面をすべり動くようにできている。 段が斜面をすべるローラーや、段と段の継ぎ手など、可動部分が多い。 そういう可動部分では、機械的な摩擦が何がしかあるだろう。
そんなエスカレーターを運転するには、摩擦に打ち勝つ駆動力を必用とする。 エスカレーターが下りなら、図1での力 F は、駆動を助けるように働く。 その分、エスカレーターの運転に要する電力は少なくて済むだろう。 その節約分が、脚の筋肉で生みだすエネルギーに相当することになる。
では反対に、上りのエスカレーターを歩いて下るときはどうだろう‥図3。 段が人を押す力 G は、作用する場所がAからBのようにうごく。 なのでエスカレーターから人のほうへ、エネルギーが流れこむ。
ここで、歩いているのは人でなく、ロボットだとしよう。 省エネ型の理想的なロボットなら、体に入ってきた力学エネルギーを回収するだろう。 つまりモーターで発電して、それを化学エネルギーにして電池に蓄える。
もし人の筋肉でも、エネルギー回収をできたとしたらどうだろう。 下っていけば、だんだんお腹が満ち足りて元気になる。 なんだか具合がよさそうだ。 しかし、人が筋トレをして痩せたいと思うような場面では具合がわるいだろう。 せっかくエネルギーを費やしても、元に戻ってしまうわけだから。
幸か不幸か人の筋肉はエネルギー回収をしない。 力学エネルギーが入ってくるとき、筋肉は、張力をだしながら伸びていく。 そういう場面でも筋肉は、化学エネルギーを消費して、熱も発生しながら、働くしかない。
どこかに重力の強い惑星があって、陸地には動物がいたとしよう。 その動物が、高低をうごく必要にせまられて、適応した結果、エネルギー回収型になっている、なんてことはあるだろうか‥。


図1




図2




図3


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