妖星ゴラスとの衝突を避けるために、地球の軌道を変え、そして元に戻すには、南極と北極、つまり2か所にロケットエンジンを必要とした。 いくら物語でも、2か所は大変すぎる。 1か所で済むようにはできないだろうか。
‥それは、できる。以下のやり方で。もちろん物語の文脈においてだが。
ロケットエンジンは、赤道上に設ける。噴射口は真上に向けておく。 地球が自転するなかで、時間帯を選んでロケットを噴射すれば、地球を軌道に沿って進む向きに加速することができる。 それを日々続けることで、軌道の全周にわたって地球を加速する‥図1。
元の軌道は円形だったとしよう。 加速をじわじわ続けると、軌道は円のまま半径が少しづつ拡がる。 地球を押すのは大変だから、拡がりはわずかだろうが、結果として軌道半径は何がしか a だけ増す。 こうして半径を増すことを、ここでは「軌道を変える」といいあらわす。
軌道半径が増すと、軌道ひと回りにかかる時間が増す。 図2では比較のため、元の軌道にあった場合の地球をA、軌道を変えたほうの地球をBとした。 AとBが並んでうごき始めたとすると、Aがひと回りしてふたたびAに来たとき、Bは回りきらずにCにある。 Aがもうひと回りしたとき、BがあるのはD、そしてその次のときはE、と以下同様に続く。
地球は、来年の初めにAでゴラスに出あう運命だったとしよう。 もし今年の初めまでに軌道を変えたなら、運命は変わって、ゴラスがAに来たときに地球はCにある。 AとBはほとんど同じ場所だから、BC を回避距離として得たことになる。 もし昨年の初めまでに軌道を変えたなら、回避距離 BD を得る。 これも以下同様、つまり、軌道を変えたあとの年数がたてば、比例して回避距離は増していく。
ためしに半径の増し分 a を、控えめに地球の半径の1割=640km としてみよう。 法則によれば、距離 BC は 9.4 a に等しい。 すると、軌道を変えたあと70年たてば、得られる回避距離は40万kmをこえる。
これでひとつシナリオができる。 「迷い星が発見されて、それは100年後に地球に衝突すると判明。 15年かけて巨大ロケットエンジンを設け、15年のあいだ日々噴射して a=640km を達成する。 そのあと待機していたら、70年後に星は地球から40万km先のところを横切って、衝突は回避された。」
ところで地球の赤道面は、軌道面から約23度の傾きにある。 これは問題ないだろうか。 ロケット噴射は軌道面に対し、図3の構えになる(上が北)。 夏至aと冬至cでは、噴射は軌道面に沿うので問題ない。 だが秋分bと春分dでは、噴射が軌道面から逸れるので、推力は軌道面に垂直な成分をもつ。 垂直な成分は図4において、秋分となるbでは画面のむこう側を指し、春分dではこちら側を指すように生じる。 (a〜d表記は図3と共通)
垂直成分がはたらくと、軌道面は少しづつ回転する。 回転すると、図4でaがこちら側へ出てきて、cがむこう側へ沈む。 幸い、そういう回転が少しばかり起きても、回避距離を得る妨げにはならない。
さて、危機が過ぎたあとは軌道を元に戻す。 戻すには、地球を減速する。 それにはロケットを逆噴射したいから、噴射の時間帯を加速のときに対して12時間ずらす。 加速と同じ分量の減速をすれば、半径の増分 a はゼロに戻り、あわせて軌道面の回転も正しく元に戻る。 赤道ロケットを加速と減速に両用することで、ロケットエンジンは1か所で済む。
赤道ロケットには別の利点がある。 原作シナリオでは、迷い星の進入コースが地球の軌道面上にあった。 それとちがう進入コースも当然あるわけで、たとえば軌道面に垂直に進入してくるコース‥図5。 こうなると南極ロケットでは回避がむずかしい。 もし迷い星の発見が十分に早いなら、そんなむずかしい場面でも赤道ロケットで対応がきく。 そして赤道ロケットなら、極ロケットよりも格段に少ない燃料で、目標の回避距離を得られる。
けれど物語として、日々の噴射のあと、何もしない待機を70年、というのはどうだろう。 話をストレートに盛り上げたいなら、やはり南極ロケットか。 つぎは北極‥と余韻ものこるし。 そういうほうが劇映画には合うのかもしれない。

図1




図2




図3




図4




図5


目次へ戻る