マーケットへ買い物にいくと、手押しカートを使うことがある。 カートにはキャスター式の車輪がついているので、カートは押したとおり前後左右に自在に動く。
カートを前方へ進めるには、図1にて、左右のハンドルを均等な力a、bで矢印のほうへ押す。 もしカートが荷物で重ければ、動きだしに大きい力を要するので慣性の法則が思いだされよう。 けれども前むきに押すと前むきに進むことに疑問はない。
状況が変わるのは、カーブを曲がるときであろう。 カートの進む方向を図2のように変えていくとすると、カーブの中心点に向けて力 f を加え続けなけれならない。 力 f はもちろん遠心力に対抗するためで、カーブを急に曲がろうとすれば強い f を要する。
力 f は進行方向に対して横向きだから、f を加えるには図3のように、カートの真横から押すのが筋であろう(+印はカートの重心)。 しかしわざわざそれも面倒だから、ふつうは両手でカートを押す体勢のままカーブを通過する。 それには、f を半分にした力 g を、左右のハンドルにそれぞれ加える。 これだけではカートが重心のまわりにまわってしまうから、それを打ち消すように、右手はa、左手はbという力を上乗せする。 力a、bは互いに逆向きで強さが等しい。 こうして右手は a+g、左手は b+g という力をそれぞれハンドルに加える。 重いカートでカーブを曲がるときに、気合を入れて腰を使うのは、こういう力のだし方を要するからであった。
さて、このように《横向きの力 f》をカートに加える図式は、将来の人工衛星につながるかもしれない。 図4は通信衛星が、地球へ電波を送っているところを表す。 こういう衛星はときどき、軌道のずれを修正して元に戻すために、ガスジェットを噴いて力をだす必要がある。 たとえば図中のように力 f をだす。 そのさい衛星の姿勢を崩さないように、力 f は重心を通るようにする。
衛星のガスは、年月がたてば消耗して、ついには無くなる。 そうなると、たとえ衛星のハードウェアが健全でも、軌道がずれていけば衛星は働けなくなってしまう。 これは大変もったいない。 そこで、タグ宇宙船というものが考えられた。 それは小型の宇宙船で、ガスジェットで力をだす機能をもつ。 タグ船(図4では斜線)は、問題の衛星に近寄っていって、ぺたんとくっつく。 そして力をだす機能を肩代わりする。
くっついたタグ船は、どうすれば力 f をだせるか。 図5において、まずは f のようにジェットを噴く。 これだけでは重心のまわりに姿勢を回してしまうから、それを打ち消すように、あわせてジェットa、bを噴く。 この図式は、図3に見たカートへの力のかけ方にほかならない。
もし、肩代わりを欲しがる衛星が将来的に増えるなら、タグ宇宙船は現実になるかもしれない。 その基本原理は、買い物カートにあった。

図1


図2


図3


図4


図5

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