走行中の列車内で、手すり等につかまらないで立っていると、よろけることがある。 そんなとき、いま自分はスキーをしていると想像して、ちょっと身構えてみる。 すると、かなり多くの場合、よろけないで済む。 なんだか不思議だが、きっと理由があるにちがいない。
よろける場面としては、列車がカーブに入るときが一番に思いうかぶ。 図1では、走行する列車をうしろから見ていて、列車は左カーブを進んでいく。 すると車内の人は、遠心力 a を受ける。 そして人が感じる真下の向きは、重力 b の向きから外れて*を指す。 このとき、よろけないためには以下のようにするとよい。
車内で立っている人の、体の重心と、両足との関係を図2に描いた。 遠心力がないとき (a=0)、ふつうに立っていれば、両脚にかかる荷重は等しい。 遠心力 a1 が生じてきたら、その事実は、左脚よりも右脚にかかる荷重が大きくなることで察知される。 察知したら、両脚への荷重が等しくなるように、重心を移動する。 そうすれば、真下の線*は両足のあいだを通るように保たれるので、よろけない。 遠心力がもっと増しても、同じ対応で重心を移動していけば、よろけない。
列車がカーブに進入するとき、遠心力は短時間のうちに 0 → a1 → a2 のように増すだろう。 対応して重心の移動は、遅れをとることなく、すばやく実行する必要がある。 それには姿勢が大事で、両方の膝を少し曲げた姿勢で待機しておくとよい。 そして、両膝と腰をうまく使って重心を移動する。 すばやい重心移動によって、つねに真下線が両足のあいだを通るように保てば、よろけないで済む。
つぎに図3では、滑走中のスキーヤーを、うしろから見ている。 左にカーブを切っているとすると、遠心力 a によって、真下線は*を向く。 それが両足のあいだを通るように、スキーヤーは自分の重心を移動して調整する。 重心の移動は両膝と、たぶん腰も使っておこなうわけだから、状況は図2にちょうど重なる。
そしてスキーヤーは、つねに両脚の荷重の大小を感じながら重心位置を調整する。 そのさい荷重がこうだから、移動はこのくらい、などと考えていたら間にあわなくて転ぶ。 理屈でなく体感でおぼえて、すばやく実行できる、というのがスキーに慣れることにほかならない。
なので図2の場面において、スキーで慣れた身構えをすると、それは必要とされる「すばやい重心移動」を大いに助けるだろう。 こうして想像スキーは効果をもつのではないか。 膝は、スキーでのように深く曲げる必要はなく、軽く曲げておけばよい。 要は左右にすばやい移動ができればよい。
ここでひとつ条件がある。 もしも遠心力が一瞬で 0 から a2 などと変わったら、重心位置の移動調整のしようがない。 言いかえると遠心力が、何がしかの時間(1秒とか2秒など)をかけて連続的に変わる場合に限り、スキーの身構えを使える。 この条件から外れるときは、手すり等にたよるしかない。
注)スキーの場合、急カーブを切ると遠心力は一瞬で大きくなる。 そのさいカーブを切るのは意図的だから、遠心力の発生は予測でき、重心を移動すべき目標の位置も前もってわかる。 慣れたスキーヤーはその目標への移動が体感的に可能で、この点が、列車の場合と違う。

さてここまで、人は進行方向にむかって立つとしてきた。 その立ち方において、進行方向への力を受けると、どうなるだろうか。
図4では、左へ走行中の列車が、ブレーキをかけて減速している。 ここでは人の重心と、足の関係を描いた。 減速にともなって慣性力 a を受けると、真下線は*のように傾く。 真下線が足を通っていればよろけないので、そうなるように重心を移動する。 この原理は、図2での場合と変わらない。
けれども両膝や腰を使っての移動にくらべると、足首の関節を使う移動のほうは動作が遅そうだ。 急ブレーキのときなど、対応が間にあわないかもしれない。 それを補うには、どちらか片足を半足ほど前に出して置くとよい。 そうしても、左右への重心移動に悪影響はないだろうから。
列車内でじーっと立っていると退屈する。 そんなとき、想像スキーを楽しんで効果を味わってみるのも一興では。 もちろん条件外になったらすぐ手すり等につかまる積りをしながら。


図1



図2



図3



図4


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