長いロープの先が、図1のように金具に掛けてある。 金具からロープをはずしたいときは、どうするだろうか。 ロープの端をゆすって、たとえば図2のように段差の波をおこす。 波が金具のところに到達すると、図3のような構えになってロープがはずれる。
金具は、たやすくロープがはずれないように、たとえば図4のように細工してあったりする。 それでもロープをはずしたいなら、図3の構えになるまでロープの張力をゆるめてはならない。 ロープを持つ手をしっかり引いて張力を与えていれば、 波が到達した瞬間にロープは金具からすぽんと首尾よくはずれるであろう。
さて図3において、手がロープを引く力はaを向くのに、ロープの端はb向きに飛びあがるようにはずれる。 まるでa向きに与えた力が、途中で曲がってb向きになったようで、なんだか不思議に思える。 もっと言えば、引っ張られたロープはまっすぐに伸びるはずなのに、 図2に見る段差はちゃんと形を保って伝わり、まっすぐ伸びたりしない。 だから図3のような構えが実現する。 引っ張られてもまっすぐに伸びないのは、どうしてだろうか。
図2で、段差のところに着目して、波と同じ速さで走りながら観察しよう。 すると目の前で、段差のパターンが静止して見える‥図5。 ロープはaからパターンに入ってきて、パターンに沿って走り、bへ出ていく。 ロープが走る道すじはcのところで曲がるから、ロープには矢印のように遠心力がはたらく。 同じことがdのところでも起きる。 こういう遠心力があるから、ロープはまっすぐに伸びないで段差の形を保つ。
図3において、いまロープがはずれようとする瞬間を考えよう。 (波といっしょに走りながら観察しているなかで、瞬間写真が図のように撮れた、と考える。) ロープの曲がりのところに働く遠心力をたばねて F で表すと、状況は図6のようになる。 力 F は、ロープの張力 T1 と張力 T2 に対して釣りあいをなす。 張力 T2 は、ロープをはずす力 T3 を生じさせる。 つまり手で引っ張る力 T1 が、金具のところでは T3 になって、たしかに向きが《曲がって》いる。 そして T1 がつよければ T3 もつよいから、上記のようにすぽんとロープがはずれる。
力の釣りあいを勘定してみよう。 図5において、dでのロープの曲がりを円弧で近似する‥図7。 そして半径 r 、中心角 θ の円弧に沿って、単位長あたり質量 ρ をもつロープが速さ v で走ると置く。 このとき円弧上のロープには、単位長あたり
  f = ρ v2/r
という遠心力がはたらく。
ここで仮想的に、円弧の半径をわずかに δr だけふくらませたとする。 ともなって円弧の長さ L は δL = θ δr だけ増す。 ロープは円弧のなかへ長さ δL だけ引きこまれるが、 それには張力 T に抗してロープをたぐり寄せるために次の仕事を要する。
  δW1 = T δL = T θ δr
一方、半径が δr ふくらむとき、ロープにはたらく遠心力は次の仕事をする。
  δW2 = L f δr = rθ ρ v2/r δr = ρ θ v2 δr
ふたつの仕事は等しいはずだから、δW1 = δW2 とおけば
  T = ρ v2
でなけれならない。
遠心力と張力が釣りあいをなす関係から、こうして波の速さ v が定まった。 もし張力を増してやると、波は速さ v を増すことで遠心力を強化して、 パターンが引き伸ばされることを阻止するのだ、という解釈ができよう。
上記で定まる速さ v は、円弧の半径にも中心角にも依存しない。 なので図5において、cとdにある円弧の大小や配置を変えても、上記の議論は変らない。 よって段差がどういう形であっても、遠心力と張力の釣りあいによってパターンが保たれる、ということが言える。
もう一歩すすめて、目の前に静止しているのは任意の波のパターンだとしよう。 そのパターンは、色々な半径や中心角をもつ円弧がつながりあって出来たものと見なしてもよい。 すると任意の波がロープを伝わるときでも、遠心力と張力の釣りあいによって波の形が保たれる、 ということが言える。
張力と遠心力を考えると、いちおうの話ができた。 ここでもういちど図1〜図2を見ると、地面に立って観察したのでは、ロープに遠心力がはたらくとは考えにくい。 けれども波といっしょに走って観察すると遠心力の存在が見えた。 これはどういうことだろうか。
バケツに水を入れて、勢いよく振り回すと水はこぼれない、という実験を思いおこそう。 この実験を、定速で走る列車のなかで行っても、変わらずに実験は成りたつ。 そのとき、バケツの動きを地面に立って観察すると、たとえば図8のように見える。 この動きを見てもただちに、バケツの水に遠心力がはたらくとは考えにくい。 けれども列車内で観察すれば、ああ遠心力だとすぐわかる。 ロープにはたらく遠心力も、これと似た状況にあるらしい。

図1



図2



図3



図4



図5



図6



図7



図8

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