スピードスケートの競技を放送などで見ると、その速さに驚く。 なかでも特に、カーブを通過するときのスピード感が、独特な滑走フォームとあいまってきわ立つ。
これが、もしも列車や自動車なら、カーブでは必ずスピードをおとす。 そうしないと危ない。 ところがスピードスケートでは、カーブでスピードをおとすどころか、むしろ加速していくようにも見える。 遠心力がきついはずのカーブで、そんなことができるとしたら、どういう仕組みなのだろう。
カーブを滑走する場面を、うしろから見る‥図1。 スケーターの重心と、スケートの刃は、こんな位置関係にある。 刃は、右のスケートなのか左なのか、いまは問わないことにして。 要は、重心に働く遠心力 a と、重力 b とを合わせた力 c が、正しく刃のほうを向くこと。 そのために重心位置を左に寄せている。
おなじ場面を、上から見おろして平面図に描く‥図2。 重心はカーブ円に沿って進み、円の中心は O にある。 中心から重心へ引いた直線の、延長上にスケートの刃*がある。
重心と刃のところを、さらに拡大して描く‥図3。 重心に働く遠心力 a は、刃を介して氷を押す。 すると氷は反力 -a でもって、刃を押しかえす。 重心に働く力は a と -a を合わせると消えるから、重心は左右にうごかない。 なので重心はカーブ円に沿って進む。
さてここまでは、空気の抵抗がなければの話。 現実には抵抗をうけてスピードを失っていく。 それを補うには推力を要するが、では推力はどこから来るのだろう。
図3の構えを少し変えて、図4にした。 重心と刃の配置を、小さい角度 θ だけ向け変えた。 刃は A にあって、遠心力 a に対する構えが斜めになった。 刃は氷の上で滑るから、刃に垂直な力だけが氷を押せる。 それで遠心力 a のうち、刃に垂直な成分 b が、刃を介して氷を押す。 氷は、反力 -b でもって押しかえす。 重心に働く力は、a と -b を合わせた c という力。これは進行方向を向く。 つまり c という推力を得た。 推力の大きさは、角度 θ のとり方によって加減できる。
空気の抵抗力 d は、進行の反対向きに働く。 スピードが速ければ、それだけ抵抗力も強い。 その抵抗力を、推力 c でもって打ち消すと、滑走スピードを失わずに保てる。 そして推力が大きいほど、より速いスピードを保てる。 推力をだんだん増していけば、それだけ加速することにもなる。
スケートの刃 A は、向きが進行方向から右へ角度 θ だけ傾く。 なので滑走が進むにつれて刃の位置は、そして重心の位置は、図中で右のほうへ移動してしまう。 これでは目ざすカーブ円をたどっていけない。 それを防ぐには、脚をぎゅーっと伸ばして、A にあった刃を B へと押し出す。 押し出したら再び A に戻ってくりかえす。 押し具合を加減して、重心が左右にうごかなくすれば、正しくカーブ円をたどっていける。
実際には右の刃を A → B と押し出したら、次は左の刃を A → B と押し出し、これを交互にくりかえす。 こうしてカーブ滑走の独特なフォームが生まれる。 押し出すとは、-b という力に逆らいつつ、押す相手を A から B へ動かすのだから、仕事をともなう。 その仕事は、もちろんスケーターの筋力でなされる。 そして仕事が生みだすエネルギーは、抵抗に打ち勝って進むために費やされる。
ここでよく見ると、図中で c は、角度 θ だけ右へ傾く。 だから c と d が完全に打ち消しあうことはないように見える。 この疑問については、抵抗力のところを拡大して見るとよい‥図5。 抵抗力 d のうち、刃に垂直な成分 e は、刃を介して氷を押す。 氷は反力 -e で押しかえす。 すると重心に働く抵抗力は、d と -e を合わせた f になる。 実質の抵抗力である f を、推力 c は正しく打ち消すことができる。
現実には、角度 θ は小さく済むので(ほんの数度)、c はほとんど進行方向を向く。 なので c と d は互いに打ち消しあう、と略しても支障ない。 刃を押し出す向きも、斜めうしろというより、ほとんど真横といってよい。
こうしてカーブ滑走には、推力をだす仕組みがそなわっていた。 仕組みを見ていると、カーブだから遠心力があり、遠心力があるから推力をだせる、とも見えてくる。
では、カーブでなく直線滑走の場合、推力をだすにはどうするのだろう。 直線滑走であっても、スケートの刃は氷上に、図6のような曲線を描くという ‥参考資料。 カーブが連なるなかで、a、b、c、d.. の場所では、刃を横に押し出す動作をできる。 だからそういう場所で推力をだせる。 言いかえると直線滑走では、推力の発生が途切れとぎれにならざるをえない。
カーブ滑走ではそういう途切れがなく、連続して推力を発生できる。 もしカーブ滑走のほうが、直線滑走よりもスピード感がつよいとすれば、こういう背景によるのであろう。
カーブに入るとき、列車や自動車では、遠心力は困りものでしかない。 ところがスケートでは、推力をだすために遠心力が役目をもつ。 おなじ遠心力でも、こんなに違いがあった。


図1



図2



図3



図4





図5





図6

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