列車のなかで、つり革につかまっていて、ふと気付くことがある。
一列に並べたつり革のなかに、ところどころ、他よりも長めのつり革が混ぜてある ‥図1。
人によって背丈がちがうことへの配慮であろう。
ためしに、長めのつり革につかまってみると、腕の位置が低めで済むのは楽に感じる。
けれども、つかまって支えるためには、ちょっと頼りない感じがする。
どうしてだろう。
というか、頼りないとはどういうことだろう。
今どき革製のつり革は見ないけれど、慣例にならってつり革と呼ぶことにする。
つり革の持ち手のところは、丸や三角だったり、ときにハート形だったりするらしいが、ここでは形によらず「輪」と呼ぶ。
さて図2では、右向きに走っている列車が、ブレーキをかけて減速した。
このとき人は、右のほうへ倒れそうになる。
それを防ごうと、手はつり革を F という力で引く。
するとつり革は手に、同じ強さで逆向きに引く力 G を及ぼす。
力 G には水平な成分 H があって、この水平力 H が、倒れるのを防ぐように支えてくれる。
もし、つり革を真下に引いたなら、水平力 H はゼロだから、倒れるのを防ぐ効果はない。
水平力が生じるためには、つり革は鉛直から逸れていなければならない。
水平力 H の生じ方を、図3で考えよう。
つり革の輪の位置が、鉛直の位置から、水平距離で x だけ振れたとする。
このとき水平力 H は、引く力 F に対して
H = F x / L
のように生じる。
おなじ力 F で引くとすると、水平力は x に比例して生じる。
ただし、長さ L が大きいなら、相応して振れ x を大きくしないと水平力は生じてくれない。
そして水平力が思ったように生じてくれないとき、「頼りない」と感じる。
この関係は、以下のように置きかえると感覚にうったえやすい。
図4では、つかまる輪が左右にすべってスライドする。
そして輪の位置を、バネで支えてある。
もし、つり革が長いなら、それはスライド式のバネが弱い(柔らかい)ことに相当する。
輪の位置はふらふら動きやすいので、つかまっても頼りない。
反対に、つり革が短いなら、スライド式ではバネが強い(硬い)。
輪の位置はふらつきにくいから、頼りになる。
いちばん頼れるのは、輪が動かなく固定した場合で、それは長さゼロのつり革に相当する。
つまりは、固定式の手すりがいちばん頼れる、という当たりまえの話になった。
といって、水平な手すりを、つり革の輪の高さのところに設けたら、頭がつかえて邪魔になる。
なので手すりはもっと高いところにして、高さの増し分に相当する長さのつり革を使う。
頼れる度合いは少し低下するが、それは我慢しよう。
そんな妥協の産物として、つり革は存在しているように見える。
では、長めでも頼れるつり革が欲しいときは、どうするか。
たとえば図5のようにするとよい。
振れ x にプラスのバイアスを前もって与えてあるから、水平力を得やすい。
これなら、どういう背丈の人にも快適であろう。
もし、背丈への配慮に最善を尽くすなら、鉛直に固定したつかまり棒を随所に設けるのがよい。
それが難しいなら次善の策として、バイアス型の長めつり革が一考に値する ‥か、どうか‥。
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