柔らかなお尻

 梅雨明けのうだるような暑さの夕方、電車のつり革を握って窓の外を眺めていた。
 しばらくして、ふとズボンの後ろに人のお尻がすれているのが気になった。しかしその柔らかな感触からして女の人に違いないと確信し、悪いとは思いつつそのままでいた。
 女の人は尻合わせになっているのを気にも止めず、電車が揺れるたびに、ふたりのお尻は付いたり離れたりしていた。
 そのうち座っている人に気づかれるほどズボンの前が大きくなってしまい、つり革から手を離して後ろ向きに立った。
 後ろの人は中学生のぼくより少し背が高く、栗色の短い髪をしていた。顔は見えなかったが、きれいな人のように思えた。
 込んでいることをいいことに、くりくりっと盛り上がったお尻の中央にズボンの前を押しつけてしまった。
 一度お尻は引っ込んだが、すぐまた元に戻ってきてくれた。
 それからは、駅に着くまでずっと、ワンピースのお尻とぼくの学生ズボンはぴったりくっついたままでいた。気のせいか、お尻がぼくに押しつけてくる感じもあった。
 先にその人が降り、ぼくが続いた。
 ふいとその人が振り向いたときは心臓が止まるかと思った。なんと母だった。
 その日は誕生日ということで、美容院でおしゃれに髪を染めてきたのでわからなかったのだ。母もかなりあわてた様子だった。
 家に着くまで互いに電車の中のことは口にしなかった。
 居間で汗になったワンピースを脱いだ母に、襲いかかるようにしてしがみついた。母は少しも怒らず優しく胸に抱きしめてくれた。
「きょうだけよ。一回だけだから」
 そう言って寝室に連れて行ってくれた。
 その日を境にして、母とぼくはよく一緒の電車に乗って出かけるようになった。

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