ポール・オースター関連作品  Paul Auster




『ルル・オン・ザ・ブリッジ』 Lulu on the Bridge 1998
監督&脚本:ポール・オースター
 ポール・オースター初の単独脚本・監督作品。と言われて、期待しすぎたかもしれません。
 愛しくも歯噛みしたくなるようなアンビバレントな思いです。
 (これから見ようという方は、できればこの感想を読む前に、ご自身の目で確かめられることをおすすめします。)

 演奏中にピストルで撃たれたジャズ・ミュージッシャン、イジー。一命はとりとめるが、片肺を失い、サックス奏者として道を断たれる。失意のイジーはある夜、道端で死んでいる男を見つけ、そばにあった鞄の中から卵くらいの石を見つける。暗闇の中で青白く光りだすその石に仰天したイジーは、鞄の中にあったメモに記された番号に電話し、駆け出し女優のセリアと出会う・・・。

 絶望と夢と希望、そして恋。物哀しいせつなさが余韻として残る物語です。
 途中は不自然さ、違和感がつきまとい、その原因は最後に明かされ、振り返ると「ああ、なるほど・・・」と思わせる仕掛けが満載。不思議な偶然の瞬間、それら偶然の瞬間のつながり、リアルでありながらどこか虚構めいている世界、寓話的なエピソード・・・まさにオースターらしい物語であり、小説として読んだならば、非常に楽しめただろうと思います。しかし、映画は映画。どんなに最後に納得させられても、途中で「退屈だ」と思わせてはいけないと思うのです。「何か変」と感じても、「わけがわからないけれど画面にひきつけられる」(たとえば『ジェイコブズ・ラダー』のように)というところがないとつらいです。

 多分、私がセリア=ルル役のミラ・ソルヴィノに魅力を感じられなかったことが致命的だったのでしょう。ポスターの写真はいい印象だったのですが。たとえば、終りの方にルルを演じるセリアのビデオをイジーが見るシーンがあります。私としては、あそこは、普段のセリアとは明らかに違うはっとするほど強烈なルルの中に、一瞬もの悲しいセリアの表情が浮かぶ、という感じであってほしかったのですが、残念ながら私には”ルル”が感じられなかったのです。一事が万事、どこかしっくりこないなあ・・・と。(瞳で演技をするイジーの前妻を演じるジーナ・ガーションの方が印象的でした。)

 ハーヴェイ・カイテルは本当に雰囲気のある役者ですね。
 一番精彩をはなっていたのは、意外なことに、捕われの身となったイジーとウィリアム・デフォー演じる謎の科学者ドクター・ヴァン・ホーンとのやりとりでしょうか。まさに「ちょっと変」だけれど「目が離せず、つい引き込まれる」シーン。イジーの過去を問い詰める際のドクターの語り口からその光景が目に浮かぶようでしたし、おまけにあの”雨に歌えば”! (私はキューブリックの『時計じかけのオレンジ』を思いだしました。)

 「これがまさに描きたかった映像そのもの」とオースター自身に言われれば、反論のしようはありませんが、私にはオースターの小説の方がより自然に伝わってくるものがあります。『スモーク』はかなり気に入っていたので惜しいです。



『スモーク』 Smoke 1995
監督:ウェイン・ワン/脚本:ポール・オースター
 煙の重さをはかることができるか?
 冒頭、冗談とも本当ともつかないような、煙草の煙の重さを計る逸話が語られます。
 ”そこに見えるけれど、つかまえることができない”煙のように、どことなくweightlessで漂うような感じ。ポール・オースター脚本のこの作品は、そんなオースターの文章世界を上手く映像に仕上げているように思います。

 NY、ブルックリンを舞台に、毎朝8時に街角で写真を撮りつづける煙草屋オーギー。その店の常連客で妻の死から立ち直れずにいる作家のポール。車にひかれそうになったポールをあやうく助けた黒人の少年、ラシード。偶然知り合ったこの少年は、実は家出の身でやばいトラブルに巻き込まれている。郊外で義手を操りながら自動車修理を営む、12年前にラシードを捨てた父との再会。その一方「私達の娘に会って!」とオーギーの昔の女が突然店に出現。様々な人生模様を計算されつくした演出でさりげなく切り取ってみせます。

 圧巻はオーギーがポールに「クリスマス・ストーリー」を語るシーン。どうして写真を撮り続けるようになったか? そのきっかけとなるエピソードだ、と。しゃべるオーギーとそれを聞くポール・・・延々と二人のアップが繰り返し写されて、しまいに顔の一部だけが画面を覆うくらいにカメラが寄っていく。オーギーの物語を聞きながら、しらずしらずに映像を頭に浮かべているんですね。で、ラストにそのストーリーのモノクロ映像が流れる。それを見ながら今度はオーギーの語った描写を思いだしている自分に気がつく。ぐーっとひきつけられて、”SMOKE GETS IN YOUR EYES”( 煙が目にしみる)を聞きながら、「クリスマス・ストーリー」から始まって、十数年後にたどりついた今見たばかりの数々のエピソードを反復していました。

 登場人物それぞれの物語は「ハッピー・エンド」とは言えません。でも、作品全体に流れるあたたかいものを感じます。それは「やさしさ」という言葉で一括りにしたくないもので。不幸のネタは山ほどあるけれど、人の心をあたたかくするウイットっていうものがあるよね、という感じ。なんだか救われる思いがしました。

 オーギー役は『ピアノ・レッスン』のハーベイ・カイテル。味のある演技派ですね。ポール役のウイリアム・ハートが対照的なキャラクターを演じ、いいコンビでした。



『ブルー・イン・ザ・フェイス』 Blue in the Face 1995
原案&監督:ウェイン・ワン&ポール・オースター
 『スモーク』の姉妹編。
 ブルックリンの煙草店を舞台に、ブルックリンという街とそこに住む人々が描かれています。街角の煙草店に立ち寄り、去って行き、また戻ってくる多人種で多様な人々。断片的な映像の積み重ねの中に、悲劇や喜劇、よりどりみどりの見事なパッチワークを見ることができます。
 映画監督のジム・ジャームッシュ、ロックミュージッシャンのルー・リード、さらにマドンナにマイケル・J・フォックスなんていうスターも出演していて、遊び心あふれる作品。とりわけ音楽が楽しいです。

 オーギーが「煙草を吸いはじめたきっかけは映画のワンシーン」と語るシーンがありますが、確かに映画の中で煙草を吸うかっこいいシーンってたくさんありますね。ハードボイルドにトレンチ・コートとシガレットはつきものだし。(残念ながら現実には映画のようにかっこよく煙草を吸う方にはなかなかお目にかかれませんが(^^;。)あの「弾がなくなった拳銃を捨ててしまう」日本の映画って何でしょうね?

 蛇足:ごてごてのアメリカ版ベルギーワッフルは、見た目はおいしそうなんですが、一口食べたらもうたくさんっていうくらい極甘に違いない・・・(^^;。



その他作品

『the music of chance』 1993(日本未公開)
  監督:フィリップ・ハース/原作:ポール・オースター

*ポール・オースターの小説についてはこちらをご参照ください。


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