2000年10月



『紫の砂漠』松村栄子 ハルキ文庫
 『僕はかぐや姫』*でデビューし、『至高聖所(アバトーン)』**で芥川賞を受賞した作者のSFファンタジー作品。

 紫色の砂漠に面した塩の村で生まれたシェプシ。神の領域とされる紫の砂漠にたとえようもなく惹かれるシェプシは、運命の旅を迎えようとしている。子供たちは7歳になると、生みの親の元を離れ一番ふさわしい運命の親の元へと届けられる。そして、次の7年で仕事を覚え、さらに7年を恩返しの期間として過ごし一人立ちする。また、一生に一度、真実の恋を経験し、そこで初めて性別が決まるのだった。
 他の人と違うまるい耳をもつシュプシは、太古の神話の異説に登場するまるい耳の書記の話に興味をつのらせ、運命の旅の途中で引率の詩人の言葉に背き、神話に詳しい祈祷師に出会い、紫の砂漠へと足を踏みだす。

 一見ファンタジーかと思いきや設定はSFで、ラストはなんともいえない澱を残すという感じ。
 解説「アンドロギュヌス・ロマンティック仕様」(高原英理)で的確に記されていますが、ル=グィンの『闇の左手』への一つの回答であり、ロマンティック・ラブへの否定と憧れが絶妙のバランスで描かれた作品というのは非常に納得がいくかも。がしかし、そう思いつつ、「最初の書記の手記」にぐぐっーと入り込みながら、ラストでこの世界を壊してしまいたい衝動に狩られる私って・・・・・・。
 この世界と今の私の間に存在するフィルターを否応なく意識しながら読まざるを得なかったので、単純におもしろかったとか感動したという物言いはできないのですが、この鉱質で美しやかな感触とその中に包みこまれた弾力のある物語は、他ではなかなかお目にかかれないことは確かです。たとえば十代に出会ったら、もっとストレートに魂に刻み込まれた作品だっただろうという気がします。

*、**どちらも福武文庫からでていたはずですが現在は入手困難かもしれません。



『SFJapan [MILLENNIUM:01]』徳間書店
 そうか、3月に出た『SF Japan [MILLENNIUM:00]』は創刊号だったのか、とようやく納得したわけですが、この秋季号のメインは「筒井康隆特集」。『大魔神』のシナリオ形式作品掲載、筒井VS夢枕・京極対談、いろいろな人から寄せられたコラムに書誌情報。
 特集もそれなりにおもしろかったけれど、私がこの雑誌を買った理由は何を隠そう青木和の短編が載っていたからでありました。『イミューン ぼくたちの敵』の感触がまぐれか否か確かめてみたかったんですね。で、伝奇SF特集の中の一作「ひとりぼっちの子供」は遺跡調査と古代呪術と主人公の出自をからめた短編で、結論としては「やっぱりまぐれじゃなかった」ですね。”伝奇SF”である必要性もない気はするし、内容的にもそこそこですが、文章力は確かだし、この人の作品には一瞬のきらめきがある気がします。タイトルにサブタイトル「大神亮平 奇象観測ファイル」が付随しているところをみると、シリーズ化の可能性もあるのかもしれませんね。期待、期待。
 その他、田中啓文の短編「天使蝶」はついつい作品世界に引き込まれてしまうエグいファンタジー。空を飛ぶ”天使蝶”の姿にちょっと『ベルセルク』を思い出しましたが。

 雑誌としては季刊、特集ありとは言え、\1000でおつりがくる『SFマガジン』の情報量と比較すると、\1500はちょっとためらう値段ですね。もともと国内SFから入ってSFを読んできた者としてはがんばってもらいたいですけど。



『イミューン ぼくたちの敵』青木和 徳間デュアル文庫
 『KI.DO.U』と並んで第1回日本SF新人賞佳作入選作。こちらはどちらかというと選評ではイメージがつかみにくかったのですが、神林長平がほめていてしかも解説まで書いているためすかさず買ってきました。読み始めてみると、これがとまらないんですよ、最後まで。

 高校生活初日、佑(たすく)は鳶色の髪の少年・不動(ふゆるぎ)に出会う。ひょんな事件を目撃したことから、佑は中学時代と同様、クラスメートからのイジメの対象になってしまうが、自らも過去を背負いながらそれをはねのける気丈なフユルギに助けられ、いつしか二人は親しくなってゆく。事件は佑の母の死から始まる。佑の目に写った母の死体は緑色をした異様な物体だったが、どうやら彼とフユルギ以外の人間にはそれは普通に見えるようだった。葬儀に現れた謎の人物を尾行した佑とフユルギは、人間に寄生した緑色の個体=<敵>と闘うグループと出会う。彼らは<汚染>が起きると機動する防衛機構の機能を持ち合わせた人々であった。二人もその一部であり、<敵>を消滅させる力が覚醒した佑とフユルギは戦いに加わることになるが・・・。

 あらすじだけ読むと特別おもしろそうには見えないのですが、筆力があるので、まずすんなり物語世界に入り込めます。そして、登場人物たちを追いかけるとともに背後に謎がざわざわしている感覚を十分楽しめます。文体が淡泊でさらさらした感触が実にいいです。情報過多、感情過多の文章にはうんざりしてしまう私にとっては、砂漠にオアシス、という感じで非常に好み。それでいて、登場人物たちの心情は痛いほど伝わってきます。フルユギにわきおこるどろどろした憎悪も葛藤も、佑のとまどいも決意も透き通ったガラスの破片のように鋭く胸をついてきます。秀明が古い記憶を蘇らせるところは、最小限の言葉で最大限の効果をあげており、不意をつかれて思わず泣きそうになりました。後半の展開は意外に大きな物語となっていますね。(私は『ボトムズ』をちょっと思い出しましたが。)

 選評では「SFとしてはものたりない」(山田正紀)、「生物学的アプローチが足りない」(小松左京)等の指摘があがっていましたが、私は神林長平の「もしかしたらこの作者は無理にSFにこだわらなくてもいいのかもしれない」という言葉に一票。この人は”小説”という道具で独自の世界を描きだす力があるのではないかと思っています。もちろん多少のアラはありますが、それを凌駕する筆力を見せてくれているので、「私好みの作品を書いてくれそう」という点で、個人的には今年これまでに出会った新人さんの中では期待度No.1です。



『KI.DO.U』杉本蓮 徳間デュアル文庫
 第1回日本SF新人賞佳作入選作。『SF Japan』の選評を読んで、ぜひ読んでみたいと思っていた作品。

 25歳の誕生日に死んだはずの父からメールを受け取った深優姫。そこにはヒューマン型コンピュータ(モバイル)、アマネを贈るという奇妙なメッセージが綴られていた。冷凍保存されているアマネを受け取りにいった深優姫は、美しくも野卑なモバイルとの対面に驚く間もなく、何者かに襲われる。戦闘能力が強化された凶暴なアマネとともに、深優姫は父・向原周人を探すことになるが、行く手を阻むのは謎の私設軍に日本国防軍。拉致されたかに見える周人は何に関わっていたのか? 深優姫と規格はずれのモバイル・アマネの役割とは?

 巻末の対談でも触れられていますが、小松左京の「こんなにむちゃくちゃでも読ませるところがすごいんだ」という選評が端的に全てを表わしているというか。やっぱりキーとしてはキャラクターでしょうか。女の子願望充足型小説と言われると、ちょっとよろけてしまいますが、まあ少女マンガ的ではあるかも。アマネは「元の方が非人間的だった」(巻末対談p379)というのがすごく気になります。その方がもっとおもしろかったのではないかと。アマネは最初の登場のインパクトが後半薄れてしまう感じがあるので。個人的なお気に入りキャラはなんといっても梁瀬ですが(笑)。
 謎を追って封印を解いていく、という展開が、ゲーム的でワンパターンなのがちょっと興醒めでした。でもって、ラストが甘すぎるように感じるのは私だけでしょうか?(^^;) ロマンチックものが嫌いなわけではないのですが、この人の作品にはお定まりなラッピングではなくて、もっとぶっとんでいるパワーを期待したいという感じ。

 『セレーネ・セイレーン』でデビューした、とみなが貴和の『EDGE〜エッジ〜』シリーズの成長ぶりを見ると、この作者も短期間で大きく成長するのではないかという期待がもてます。

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