2000年3月



『検察側の論告』佐藤亜紀 四谷ラウンド
 『わたしは幽霊が怖い』『ブーイングの作法』に続く佐藤亜紀エッセー集、第三弾。今回は書評編。

 雑誌の書評欄をたまたま読んだ、というのでなく、わざわざこのエッセー集を買おうとする読者はまず間違いなく評される本のタイトル以上にそれを評する著者自身に興味があるわけで、その点これだけの数の書評をまとめて読むと、著者の考え方、例えば「小説のおもしろさ」、「歴史とはなにか、歴史小説とはなにか」等といった点も具体的に浮き彫りにされて非常に興味深いです。この本のラストに「正しい本の読み方」という『海燕』に掲載された文章がありますが、今回あらためて読み直すと以前に読んだ時の印象より言わんとすることが具体的にイメージできて楽しめました。
 取り上げられている本には未読本も多く、読んでみたくなるものがゾロでてくるわけですが、とりわけアゴタ・クリストフの『悪童日記』はすぐさま本屋に走りたくなるほど。
 貴重な時間を「国産小説なんぞ読んでいる場合ではない」と宣う著者がほめている国産小説は当然のことながら数少ないですが、『ムジカ・マキーナ』『カント・アンジェリコ』『ヴァスラフ』と三作とも好意的なコメントがついている高野史緒はやはり貴重な書き手ですね。

 ところで、大蟻食さまのホームページの「大蟻食の生活と意見」第13回「『バルタザールの遍歴』絶版の理由 」によれば、新潮社から出ていた『バルタザールの遍歴』は『鏡の影』『戦争の法』に続きこの三月で絶版だそうです。もう悔しいやら情けないやら。私はいまだに『バルタザールの遍歴』ほどの驚愕を覚えた新人作家にも、『戦争の法』ほどの”重さ”をもった作品にも他にお目にかかったことがありません。
 さらに、ことの真偽は確かめようがありませんが、経緯はどうあれ、一読者として新作「メッテルニヒ氏の伝記」を(原稿ができていたにも関わらず)読むことができない、という事実に地団駄踏んで泣き叫びたいくらい怒ってます。数年越しの執筆情報に期待は膨らみ、エッセイもいいけどやっぱり小説が読みたい、というこの欲求をどうしてくれる! 著者を喜ばせるような深読みができる読者ではないけれど、どんな形であれ作品が手に入るのなら手間と費用は惜しまずどこまでもついていくつもりです。



『EDGE〜エッジ〜』とみなが貴和 講談社X文庫ホワイトハート
 自我をもつロボットを主人公とする『セレーネ・セイレーン』でホワイト・ハート大賞佳作を受賞した作者の第二作。今回の舞台は現代。美貌の天才心理捜査官(プロファイラー)・大滝練磨が超高層建造物ばかりをねらった連続爆破事件の犯人「黄昏の爆弾魔(ラグナロク・ボマー)」を追う物語。

 全体的に前作より上手くなっています。物語の流れが途切れずに読み切ることができるし、登場人物も存在感があっておもしろい。犯人の心理描写はちょっと書き過ぎかなという感じはしますが、これくらい書き込まないと対象読者はついてこないのかも。前作も今回も意図的に中性的なキャラクターが使われているように見えて、私としては非常に興味深い所ですが、主人公が女性性を得る(に気づく)過程はちょっと安易というか説得力が今一つに見えてしまうのでした。とはいってもジュニア小説にはジュニア小説の枠組みがあるので、対象外の私の好みを言い立てても仕様がないわけで、例えばこのキャラクター群を使ってテレビドラマシリーズが一本作れるんじゃないかと思わせるような所を素直に楽しむべきでしょう。
 後半、全然予想していないところで一箇所SFネタを使ったシーンがでてくるのですが、この挿入は上手いですね。「やられた」という感じ。最近<異形>シリーズなどのおかげでジュニア小説から出た作家が新しい境地で作品を発表するケースも目立ってきているので、いずれそういう形で出られるように成長するとうれしいなあと思います。

 イラスト(沖本秀子)は驚くほどセンスが良いですね。最近のコミック界にはとんと疎いのでどういう方なのか全然わからないのですが、邪魔にならないだけでもめっけものというイラストが多い中でこの絵柄は貴重でしょう。



『SF Japan [MILLENNIUM:00]』 徳間書店
 日本SF大賞20周年&第1回日本SF新人賞を記念して編集された雑誌の特別号といった感じ。
 第20回日本SF大賞受賞の新井素子 「チグリスとユーフラテス」の外伝や水樹和佳子による「墓碑銘二〇〇七年」のコミック版、書き下ろし短編、堀晃「柔らかい闇」、梶尾真治「あしびきデイドリーム」(なんと「エマノンシリーズ」!)、神林長平「ウィスカー」と盛り沢山。日本SF大賞20年史のラインナップ(「その他の主な国内SF作品」を含む)を見ていくと、ここに出てくる作家で自分の読書歴と接点のない作家はおらず、必ずしもSFだけを追ってきたわけではないのですが、やっぱり私の関心方向は日本SF周辺とかなり重なっていると言えるのかも。
 対談では、山田正紀X笠井潔の歴史的観点を踏まえた「日本SFは、どこから来て、どこへ行くのか」が非常におもしろかったです。

 そして、第1回日本SF新人賞受賞の「M.G.H.」(三雲岳斗)。
 序章でいきなり登場するのが、無重力空間に浮かぶ血の球と死体。宇宙ステーション内部で墜落死?
 「なんと、なんと、おもしろそうではないか〜!」と躍る心は、事件が起こるまでの果てしない道のり(ちゃんと伏線ではあります)にスローダウンしてしまうのですが、宇宙ステーションの描写は自然でリアリティがあり、SF設定ならではのトリックが非常におもしろく、上手くSFとミステリーを合体させた作品として読み応えは十分。ただし、キャラクターがいまひとつで、主人公・凌と舞衣の取り合わせにはうんざりしてしまい、今どきの小説はこういうキャラクターでないとだめなのかと思っていたら、選考会でもキャラクターに関してはいろいろな意見がでていましたね。私がひょっと思いついたのは、ギタリストの拓也をホームズ役、凌をワトソン役にするとおもしろいんじゃないかなあとか。朱鷲任博士に付随するものも興味惹かれる所ではあるのですが、本筋との関わり方がしっくりこなかったのがちょっと残念でした。

 ともあれ、読んでいて「この作者SFが好きなんだなあ」という感じがよく伝わってきます。電撃ゲーム小説大賞でも入賞を果たしている作者がこの後どういう方向を目指すのかはわかりませんが、こういう丁寧なSF設定を用いた小説を書き続けてくれるとうれしいなあと思います。
 選考会の様子を読むと、佳作の2作もぜひ読んでみたいですね。

『百器徒然袋ー雨』京極夏彦 講談社ノベルス
 今ごろ読んでますが、やっぱりこのシリーズのキャラクターってほんとおもしろいですね。
 今回は薔薇十字探偵・榎木津礼二郎が主人公の番外編。天下無敵の榎木津探偵のはちゃめちゃな活躍ぶりは実に爽快です。とはいっても、事件の収拾をつけるためには、例によって中禅寺が毎回担ぎ出される訳ですが。
 語り手として登場するキャラクターの関わり方はちょっと強引な印象を受けますが、まあ本編シリーズからして大挙する「偶然」に一々ひっかかっていては読めないですし(^^;。
 この位の長さだと一編一編がシンプルな組立で、途中で最初の方の記憶が途切れることなく読み終えることができ、わかりやすくて良いです。3編のうち一番気に入ったのは「瓶長」。壷屋敷の異様さが”いかにも”な感じでよかったのと、何食わぬ顔の今川の演技が絶妙、プラス「桜田組の木場」がばか受けでした(笑)。
 読み応えとしてこの水準に達するエンターテイメントというのも、そうそうやたらとあるものではないですね。

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