2000年12月



『ライオンハート』恩田陸 新潮社
 究極のラブストーリー・・・ですよねえ、これは。
 タイムトラベルとラブストーリーの相性がいいのは、時が二人を隔てているからなんだと思いますが、ここにまた一つ、タイムトラベル・ラブストーリーの傑作が生まれたというべきでしょうか。と同時に、恩田陸はまたしても名作オマージュ(今回は「ジェニーへの肖像」)の傑作を生み出したというべきでしょう。

 けっしてむすばれることのないエリザベスとエドワードの逢瀬が時を超えて繰り返されるという筋運びですが、5つの章の扉に一枚づつ絵が掲げられ、それに呼応する色彩豊かにイマジネーションを刺激するエピソードが綴られています。このドラマチックでロマンチックな物語は、下手をすれば滑稽毛頭な大甘話になりかねないのですが、恩田陸の魔法は語られるシーンの舞台、その場に読み手を降り立たせてしまいます。冷静に考えるとかなりビターなんですが、読み返しても泣けてくるほど感情移入させられました。

 はじめの方は『12モンキーズ』を思い出しながら読んでいたのですが、あの”エリザベス”にオチをもってきたのにはびっくり。手あかのついたイメージを見事に消化して恩田陸の作品に仕上げた「天球のハーモニー」は見事です。ミステリタッチの「イヴァンチッツェの思い出」もおもしろかったですが、私は「記憶」のエピソードの燻し銀のような味わいが好きです。

 全体としては、(失礼な言い方ですが)「恩田陸は小説がうまくなったなあ」という印象が強いです。こじんまりとしていますが、一つの作品として非常によくまとまっています。今後、恩田陸作品のベスト投票をすると、上位に入ってくる作品になるのではないかと思います。

 *関連作品についてはこちら



『2001』日本SF作家クラブ編 早川書房
 新しい世紀を記念して編纂された日本SF作家クラブによるオリジナル・アンソロジー。
 執筆者は新井素子、荒巻義雄、神林長平、瀬名秀明、田中光二、谷甲州、野阿梓、藤崎慎吾、牧野修、三雲岳斗、森岡浩之。新人、ベテラン取り揃えたラインナップで、全体的に読みごたえがあり、お得な一冊。

 ”2001年”への感傷とその年を目前にした”現在”をテーマにリアルに心に響く物語をうまくまとめた一作が瀬名秀明の「ハル」。アイボの次世代ペット「ハル」や人の仕草をまねることができるヒューマノイドの描き方もいいですし、作者の真摯な姿勢がうかがえる最後にはぐっときます。
 「ハル」で取り上げられたロボットの魂と相対して、人間の魂について言及されているのが藤崎慎吾の「猫の天使」。狂信的宗教団体が人質とともに立て籠った教会の中に、こっそり実験用に送受信機チップを埋め込んだ猫がまぎれこんでしまったというシチュエーションの中で、緊張感とほんわかしたムードが調和していて気に入りました。
 藤崎慎吾と並んで注目の新星・三雲岳斗の「龍の遺跡と黄金の夏」は、設定はおもしろいのですが、枚数が少ないためこの世界の雰囲気を楽しむ間もなく推理小説パートが目立ってしまってちょっと残念。
 ベテラン組では、いかにも”SF”という密度の濃い宇宙ものを楽しませてくれたのが谷甲州の「彷徨える星」。「仮想現実」という言葉もすっかり定着し、様々な物語の設定に登場するようになったけれど、神林長平が描く仮想現実の世界はただの設定ではなくて物語そのものなんですよね。そして、もう一人同じく79年デビューの野阿梓は、なんと中世に舞台を移したレモン・トロッキー・シリーズ、「ドリームアウト」。強引な解説もすごいけれど、これ、シリーズ作品を知らない人が読むと、このまま素直に納得してしまいそうで恐いのですが(笑)。(そーいえば、野阿梓作品はハヤカワ文庫から総落ちですね(;_;)。今世紀中には出版されるであろと期待していた『Trial&Terror』の一日も早い刊行を切に願います。
 最後に、11編の中でも特に注目したいのは、牧野修「逃げゆく物語の話」。一度読んでしまえば元に戻らない言語人形(ラングドール)という発想からしておもしろいのだけれど、ある日突然発禁扱いとなったポルノとホラーのラングドールの逃避行がこれほど切ない悲恋ものに仕上がろうとは・・・。筒井康隆と通じるものがある感じ。

 というわけで、私は風邪で寝込んだのを幸いに一気に読んでしまいましたが、本当は2001年のお正月休みにゆるゆると読むのに最適かも。



『ハリー・ポッターと秘密の部屋』J.K.ローリング 静山社
 『ハリー・ポッターと賢者の石』に続くシリーズ第二弾。
 ダーズリーおじさんの家でのアンハッピーな夏休みから抜け出すと、ハリー・ポッターは2年生に進級。ところが、何物かの妨害によってロンドンの9・3/4番線から発車する電車に乗り遅れるし、なんだか波瀾含みのスタートに・・・。

 新キャラとして「大いに」活躍するのは、ホグワーツで教鞭をとることになった著名人グルデロイ・ロックハート。モデルとなりそうな人物をあげれば両手に余るのではないかという、非常に俗物的なキャラクターで笑えます。

 やっぱり、ゴシック使いの文字面は気にくわないし、はまるというほど世界に入り込めるわけでもないのだけれど、ストーリー自体は、後半ひねってあって、期待以上に楽しめました。



『影が行く』P・K・ディック、D・R・クーンツ他 創元SF文庫
 中村融編・訳のホラーSFアンソロジー。
 一編一編がかなり濃密なので少しずつしか読む気にならず、足かけ3カ月でやっと読み終わりました。
 ジョン・W・キャンベル・ジュニアの表題作「影が行く」は、映画『遊星からの物体X』の原作。映画の方は物体Xのおぞましさが強烈なジョン・カーペンター監督のリメイク版しか見ていませんが、原作のひたひたと沸き上がってくる恐れ、希望と絶望の混沌さ加減はすごいものがあるので、すでに映画を見た人も読む価値あり。
 キース・ロバーツの「ボールターのカナリア」は、見えないはずのポルターガイストとそれを撮影し機器を駆使してコミュニケーションまで図ろうという図は、現代でやるとちょっと陳腐になりそうな気がしますが、1965年発表作というちょっとレトロな雰囲気がいいです。
 久々に怪奇小説世界を楽しめたのが、クラーク・アシュトン・スミスの「ヨ・ヴォムビスの地下墓地」。火星の先史種族の遺跡の調査が悪夢になってしまうというパターンですが、途中の描写からラストの余韻までなかなかはまります。
 殺人アンドロイドとその持ち主の逃飛行を描いた、アルフレッド・ベスターの「ごきげん目盛り」は50年代の作品とは思えないほど実に Cool な作品。あまりにごきげんな読後感なので、ベスターを読み返したくなりました。
 ブライアン・W・オールディスの「唾の樹」は収録作の中では一番長い中編ですが、ついつい読ませるストーリーテリングが上手いですね。H・G・ウェルズへのオマージュという点もきれいにまとめられています。

 その他の収録作は、「消えた少女」リチャード・マシスン、「悪夢団」ディーン・R・クーンツ、「群体」シオドア・L・トーマス、「歴戦の勇士」フリッツ・ライバー、「探検隊帰る」P・K・ディック、「仮面」デーモン・ナイト、「吸血機伝説」ロジャー・ゼラズニ、「五つの月が昇るとき」ジャック・ヴァンス。

 買った動機は「とりあえずキース・ローバーツ」で、ラインナップは豪華だけれど文庫で本体価格920円はちょっと高いなあと思ったのですが、内容的には十二分に元は取れました。

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