2000年2月



『BH85』森青花 新潮社
 第11回日本ファンタジーノベル大賞、優秀賞受賞作。
 気負いが見えるほど材料が畳み込まれた『信長 あるいは戴冠せるアンドロギュヌス』とは好対象の非常にシンプルなほのぼのSF。

 一本だけ出荷された実験途上の養毛剤「BH85」は、驚くべき効果を発揮するが・・・。
 出だしはパニック物っぽく、人類が滅びるかもしれないという展開の割には、恐怖感や危機感はあまり感じられません。
 さらさら読めて十分楽しめましたが、物語展開にはやや物足りなさを感じてしました。森沢あたりにフォーカスして、緊張感を出すかあるいは深堀りするかした作品だったら、もっと惹かれたかも。(毛利と恵のエピソードにややうざったさを感じてしまい・・・(^^;。)天城教授とネオネモになる直前の妻とのやりとりはとても味があっていいですね。ラストの雄大なイメージも好きなのですが、これはどちらかというと、普段SFを読まない人に読ませてみたい作品かもしれません。

 吾妻ひでおのイラストは確かに雰囲気として間違ってはいないのですが、イラストのイメージが強すぎるので、色の付いていない新人作家の作品は、もう少しニュートラルな絵柄の方が読者としてはありがたいですね。



『リヴァイアサン』ポール・オースター
 「沈黙することは思考のなかに自分を閉じ込めることであり、墜落の瞬間を何度も何度も生き直すことだった。そうすることによってあたかも、今後ずっと自分を中空に宙吊りにしておくことができるように思えたのだ。永久に地面の五センチ上で、永久に最後の瞬間の啓示を待っていられる気がしたのだ。(p.166)」

 ウィンスコンシン州北部の道端で爆死した一人の男。FBIの捜査官が身元調査に乗りだしたこの男は、作家である「私」の友人、ベンジャミン・サックスだった。サックスの秘密が明らかにされるまでの時間をはかりながら、「私」はサックスの爆弾自作中の死に至るまでの物語を書き始める。
 サックスとの出会い、生い立ち、彼の著作について、サックスの人生の軌跡と交わる「私」の結婚と離婚と恋人の話・・・ビリヤードの一突きが様々な色の球を違う方向に動かすように、偶然のつながりが様々な事件を引き起こし、サックスを爆死までの道のりに追い立てる。

 オースターの作品は物語の先の予想が立てにくいです。「偶然」が予定調和を越えて動きだすとき、私たちはそれをあるがままに受け入れるしかないという気になるのです。

 自由の女神像とその破壊行為、そこに党派性のない国家の理想と現実が象徴される物語でもありますが、むしろ個人レベルで、一人の人間が生きている過程とは、善悪とは関係なしに無駄なことは何一つなくて、常に「虚構」と「真実」が入り乱れる世界においてあがき続けることで生きていることを証明していくようなもの・・・そんな思いに捕われました。

 実を言えば、相変らずオースターを読んでいると、まっ先に村上春樹が思いだされるのです。何かしらの手ざわりに覚えがあるというのか。ただし『スプートニクの恋人』にも今一つしっくりこなかった私としては、今のお気に入りはオースターということになってしまうのですが。

*ポール・オースターの他の作品についてはこちら



『ハリー・ポッターと賢者の石』J.K.ローリング 静山社
 ベストセラーかつ口コミでも十分情報が流れているので、あまり付け加えるべきことはないのですが、とりあえず「読みました報告」ということで。

 赤ん坊の時に両親を亡くし伯父の家で育てられたハリー・ポッターは、実は魔法使いの血を受け継ぎ、邪悪な魔法使いの攻撃を生き延びた伝説の子供だった。11歳の誕生日の直前、魔法使い学校からの手紙が届き、ポッターは属すべき新しい世界へと一歩を踏み出し、魔法使い学校での学園生活が始まる。

 一言でいえば、誰もが楽しめる明るく楽しい魔法使いファンタジー。

 魔法使いの住む世界は人間の世界と交流のないまったくの異世界というわけではなく、「マルグ(人間)の世界では魔法を使ってはいけない」という掟の元に住み分けがされている感じ。主人公が闇雲に冒険していく物語ではなく、魔法学校に入学するためにお店で持ち物を揃えたり、ロンドンの9・3/4番線から発車する電車に乗って学校へと向かったりする。魔法学校での生活も、4つの寮の対抗戦、空飛ぶ箒にのって行うサッカーのようなスポーツ、クィディッチの試合、一緒に冒険する友人やライバル意識丸出しのエリートおぼっちゃま、気さくで頼りになる校長先生や意地悪な先生などが登場し、学園ものの雰囲気そのまま。細かいアイテムや仕掛けは実に楽しく、ストーリーを盛り上げつい引き込まれます。私が好きな場面は、お店で魔法の杖を選ぶ場面と入る寮を決めるために帽子をかぶる場面。

 ノリとしては少しマンガチックで、ワーナーブラザーズ映画化がうなずけるエンターテイメント性を持ち合わせた物語であり、本を読んで落ち込んだり悩んだりしたくない雰囲気の時にはぴったり。続編がどういう展開をするのかわかりませんが、この巻に限れば、何かずっしりくる重さはないけれど、とても心地好く、続きが読みたくなるお話でした。

 p.s.活字のフォントをやたらと変えるページ構成は個人的にはあまり好きではありません。

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