2000年1月



『ドラゴンファームのこどもたち』上下
久美沙織 プラニングハウス

 ドラゴンファーム三部作*の完結編。
 伝説の飛竜耐久大レースが復活。もちろんデュレント家も多大な期待を背負って出陣。フュンフは愛する妻ディーディーと息子のマキアスを残し、姉のリアンそしてポルク家の双子と共にレースに望む。世間知らずのフュンフ達に対して、レースの参加者は一癖も二癖もある曲者ぞろい。海こえ山こえの長距離レースは初日から波乱含みで始まるが・・・。

 よくもまあ・・・というくらい次から次へと”事件”が起きて、つい先を急いでしまいそれぞれの町や風景を味わう余裕なく一気に読んでしまったのがちょっともったいなかった気がします。こういう冒険ロードものは、週一回楽しみにするドラマかアニメ番組みたいに半年くらいかけて1話ずつだらだら読み続けるのもいいなあ・・・なんて読者ってわがままですね(^^;。レース終了直後から大団円までの展開が唐突で、もうちょっとレースの余韻を楽しみたかったなあという気はしました。(どうも、実生活でこまごました裏方手配をすることが多いせいか、レースは参加者の視点オンリーでは読めず「膨大な時間と手間がかかって準備されたはずの舞台が・・・(;_;)」というちょっとピントのずれた思いを抱いてしまったという・・・ほんと、大人ってやーね(^^;。)

 とはいっても大団円はかくあるべし、という温かい思いに包まれるハッピーエンディング。予定調和的ではあるのだけれど、やっぱりぽろぽろ泣きながら、にっこりしてしまう幸せな一瞬でした。

 魅力的な新しいキャラクターもたくさん登場しますが、意外と気に入ってしまったのが悪役オンザでした。おもいっきり変なキャラクターですが(笑)、奇しくも彼のフュンフに対する別れ際のせりふは大団円と呼応するこの物語のキーワードという気がします。

 ところで、この作品を読み終わってから知ったのですが、プラニングハウスの「ファンタジーの森」というレーベルは昨年12月をもって終了だそうです。詰め込めるだけ詰め込んだ感があるのもこの辺りの事情に一因があるのかもしれません。「ドラゴンファーム」シリーズはじめ妹尾ゆふこの「魔法の庭」シリーズなどを抱える同レーベルには、良質な大人も楽しめるファンタジ−作品の出版を期待していたので非常に残念です。

*『ドラゴンファームはいつもにぎやか』
『ドラゴンファームのゆかいな仲間<上>』『ドラゴンファームのゆかいな仲間<下>』



『二人がここにいる不思議』レイ・ブラッドベリ 新潮文庫
 評価の定まっている作家の作品を読むことは、まだ見知らぬ作家の作品をどきどきしながら読むことに比べたらスリルには欠ける。まして、既に自分の中で「永遠の名作」となっている作品があり、しかもしばらく新しい作品を読んでいなかった作家の場合、新作の出来に「がっかりしてしまうのではないか・・・」という一抹の不安を抱えて読み出さなければならない。しかしながら、「ああ、やっぱり読んでよかった」という至福感が味わえた時、その作家への愛着度はいや増すのである。

 というわけで、『火星年代記』、『華氏四五一度』、あるいは『十月はたそがれの国』、『何かが道をやってくる』等数多くの名作を生み出しているブラッドベリの作品を久しぶりに読みました。(昨年新作短編集『バビロン行きの夜行列車』『瞬きよりも速く』が出ていますが、ハードカバーだったので買っていなかったため。)

 やっぱり、いいですね・・・しみじみ。無駄のない、かつ詩的な文章。時に叙情たっぷりに、時にユーモラスに、そして時に読者をぞーっとさせながら、余韻の残る物語が綴られていきます。亡くなった人や幽霊にまつわる「ちょっと不思議」くらいの話が多く、普通小説の範疇に入る作品集です。

 輝かしい未来を”実現させた”タイムトラベラーの物語「トインビー・コレクター」、”死にかけている”乗客を”信じる力”で助ける老婦人の物語「オリエント急行、北へ」、物悲しくも人生の縮図を見るような「二人がここにいる不思議」、アイルランドの荒野をさまよう女のすすり泣きが耳について離れなくなる「バンシー」、ついつい陽気になって一緒に乾杯したくなる「ご領主に乾杯、別れに乾杯!」、ユーモアものかと思っているとラストにふさわしい素敵な余韻を残す「ストーンスティル大佐の純自家製本格エジプト・ミイラ」などなど。
 しっとりした味わいの大人の短編を読むと心が落ち着きます。

 解説に『華氏四五一度』の再映画化のための脚本を完成させたと書いてありましたが、ぜひ実現させてほしいですね。

*『火星年代記』『華氏四五一度』/ハヤカワ文庫NV
 『十月はたそがれの国』『何かが道をやってくる』/創元SF文庫
 『バビロン行きの夜行列車』/角川春樹事務所
 『瞬きよりも速く』/早川書房



『りかさん』梨木香歩 偕成社
 『からくりからくさ』の前日譚。
 プレゼントにリカちゃん人形を期待していた小学生のようこの元に届けられた小包に入っていたのは市松人形。がっかりしたようこだが、おばあちゃんの「説明書」通りに世話をしているうちに、りかさんの不思議な力に気づく。

 ジャンル的には児童文学に入るのだと思いますが、りかさんを通して語られる人形達の話は「おもちゃのチャチャチャ」ではなく、持ち主の怨念というべきもので、むしろ大人が深く入り込める物語だと思います。『からくりからくさ』につながる伏線もいくつか出てきますが、綿々と受け継がれる”思い”の不思議さには自然な流れが感じられて非常に好感がもてます。

 子供の頃から西洋的なものに惹かれていた自分ですが、こういう物語を読むと、当たり前ですが根っこの部分は日本的な背景を持ち合わせているんだなあとつくづく思います。予想しないところで「一かけ、二かけ、三かけて・・・」と手毬唄なんぞがでてくると、もうごっそり追憶の波にさらわれてしまいます。(しかし、もはや唄い継がれていないのではないでしょうか?>手毬唄。私自身すっかり忘れてましたし、どこかに「西郷さん」の歌詞があったような気がするけどあいまい・・・、という程度にしか覚えておらず、たとえ子供がいたとしても唄って聞かせたりはしないでしょうし(^^;。)

 というわけで、同作者の『エンジェル エンジェル エンジェル』(原生林)などは「(小説として)上手いなあ」に終わってしまうのですが、この作品の方が個人的には入り込めます。



『信長 あるいは戴冠せるアンドロギュヌス』宇月原晴明 新潮社
 「信長の血は遠くシリアから持ち込まれたのだ。ヘリオガバルスを生んだエメサのバール神殿から。アナーキーの枝は一つは西方に伸びてローマに花開き、もう一つははるか東方に向かい、日本で実を結んだのである。千三百年とは、一つの魔術的な狂気の情熱が、広大なユーラシア大陸を幾つもの砂漠や山脈を越えて横断するのにふさわしい時間ではなかろうか。」(同書 p.5より)

 第11回日本ファンタジーノベル大賞、大賞受賞作。毎年注目しているこの賞ですが、今作は個人的には久々の大ヒットとなりました。

 「幻の書」の前書きという体裁の冒頭からぐいぐい読者を引き付けます。感嘆しながらも「こんなに大上段に構えて大丈夫なんだろうか」と一抹の不安を抱きながら読み進めましたが、さすがに大賞作。一筋縄ではいきません。信長を中心とした戦国時代、ナチス台頭時代とオカルティックな信仰秘話という、ともすれば手垢のついた題材が今までに味わったことのない一品として見事に調理されています。

 物語は、後に『ヘリオガバルス』を書き上げるアルトーとその前に現われた謎の日本人、総見寺による、信長とヘリオガバルスについてのやりとりと、一方で信長異伝というべき物語が語られます。後者は時代小説仕立てに加えてアルトーの草稿と思われる記述も記されます。

 時代小説風のパートだけでも十分におもしろい。馴染みの登場人物達が新たな視点からよく書き込まれており(とりわけ雪斎配下の忍びの者たちが良い)、戦場あるいはあやしの光景が鮮明に浮かび上がってきます。ふいをつく耽美な描写も美しい。それゆえに、途中で挿入される考証的対話に流れが分断されるのが若干うっとおしく、もう少しスムーズにつながってほしいと感じるところもありました。しかし、あえて流れを切りながら二本立てで展開してきた物語が収斂されるラストで、「さてどうやって落とすのか・・・」と意地悪く構える読者を前に見事なシュートを決め、時空を越えるブリッジを完成させた作者の力量には盛大な拍手を送りたいと思います。

 当然好き嫌いは個人の好みに大いに左右されるでしょうが、タイトルの”アンドロギュヌス(両性具有神)”からイメージされるものだけで引いてしまうのはあまりにもったいない、知的好奇心を刺激するスリリングな作品だと思います。

 単に読んで楽しめる小説を書く作家はたくさんいても、私好みの雰囲気のある文章力と壮大な構想力のある作家は少ない。というわけで、褒め過ぎてこれから読む方の期待過剰を生むのは本意ではありませんが、個人的には積極的に美点を評価したい作品です。
 さて、今後この作者がどんな化け方をしてくれるのか、実に楽しみ。



『クリスタルサイレンス』藤崎慎吾 朝日ソノラマ
 SFであることを売りにした新人作家の作品というのは、最近の出版情勢からはかなりめずらしいケースでしょう。

 2071年。火星の北極冠で大量の生物の死骸がみつかる。その状態が貝塚を連想させるため、縄文時代を専門とする考古学者サヤは地球各国の勢力争いの広がる火星に派遣されることになる。

 導入部分のサヤが火星にとぶまではどうも話のもっていき方に作り物っぽさを感じてしまい、また細かい設定は「SFしている」という感慨の半面、説明調が多くいまひとつのめり込めなかったのですが、ネットの中の仮想電子世界(ヴァーディク)の話がでてくるとこれが俄然おもしろい。キャラクターも描写も生き生きしていて、人工生命体KTのハードボイルド・アクションにはらはらどきどき。
 クライマックスは大掛かりな外に向かって広がる仕掛けかと思いきや、あっけなく一人の個人という内に向かって収束してしまうところがちょっともったいない気がしましたが。(まあ、これは「ハイペリオン」級の期待が大きすぎたかと(^^;。)
 でも、最後きっちり切ないロマンスで泣かせてくれるところがにくいです。予想させておいてそれでもじーんとさせるっていうのはなかなか難しい。(前半のサヤに魅力がないのは後半にぐっと株を上げるためなのでしょうか)。

 なんだかんだいっても、様々なアイディアが散りばめられ、ヤングアダルトでもホラーでもない国内SFというジャンルでストレートなおもしろさをきっちり提供してくれた作品です。今後の活躍を大いに期待したいです。

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