2000年4月



『血の12幻想』監修/津原泰水 エニックス
 津原泰水・監修のエニックス「12幻想シリーズ」というテーマ・アンソロジーのシリーズがスタートし、『十二宮12幻想』、『エロティシズム12幻想』に続き、第三弾が登場。「異形シリーズ」に続き新たな国内短編アンソロジーが出てくるのはうれしいことですが、こちらはハードカバーなのでちょっと懐にひびくところが痛いですね。(ちなみに「異形シリーズ」は出版元が文芸部門から撤退することになり、続きは他の出版社から出ることになるようです。)
 さて、中身の方は、テーマがテーマなので、次から次へと血が大量に流れ、私のようにあんまり得意でないと、くらくらしてくるため一気読みはおすすめしません。
「早舟の死」菊池秀行
いつも思うのですがこの人の短編は何ともいい難い味があります。苦い青春と自殺というありふれたイメージの物語が不思議な精彩を放ち、余韻の残る作品。
「タルトはいかが?」小林泰三
「姉さん」と呼びかけで始まる手紙で語られる拓也とその妻の物語。それを最後に「実は・・・」とひっくり返す手腕はお見事。それにしても、この微に細にわたる”特製タルト”が作られる過程には圧倒されます。
「夕焼け小焼け」柴田よしき
この作者の長編は読んだことがないのですが、短編は実にきれいにまとめますね。起承転結、印象的なモチーフもばっちり、と絵に書いたような構成で。しかしながら、作品世界にぐぐーっと入り込めるというのとはまたちょっと違うのだけれど。
「血の汗流せ」田中啓文
またまた飛ばしてますね(^^;。今回のお題は、ずばり「巨人の星」。
”血の汗を流す星吸魔少年は、果たして甲子園に行けるのか!
 怒涛の脱力ギャグの連発に君は最期まで耐えられるか!?”
「死の恋」竹河聖
いかにもいかにもな予想を裏切らない歴史西洋吸血鬼もの。
「お母さん」鳴原あきら
血のつながり、というテーマが重いですね。
「爪」倉坂鬼一郎
幻想ホラーを書かせたら天下一品。
「遠き鼻血の果て」田中哲弥
異色作。浴槽に溜まった鼻血で身体が固まってしまう、という奇想天外な発想。冒頭から「そんなばかな」という思いすら頭の隅に押しやられてしまい、ついつい物語に引き込まれてしまうのは本当に不思議。
「吸血蝙蝠」山村正夫
正統吸血鬼もの。多分作品を読むのはこれが初めてです。
「凶刃」作者不詳/北原尚彦 訳
「切り裂きジャック」の新解釈もの。アイディアはおもしろいですね。
「茶色の小壜」恩田陸
アンソロジーに入っている恩田陸作品を読むといつも「他の作品とまったく雰囲気が違う」と思うのは、ファンのひいきのひき倒しなのかもしれないけれど。恩田陸はテーマがあるとそのものずばりを直接的に語るというより、間接的に周辺の物語から絡め取るように語ることが多い気がします。今回も徐々に語られる三保典子のエピソードが実にいいですね。
「ちまみれ家族」津原泰水
うーん、内輪受けの要素もあるのかもしれませんが、私にはこのユーモアはあんまり笑えないのでありました。
 ちなみに吸血鬼アンソロジーとしては、大原まり子、菊池秀行、小池真理子、佐藤亜紀、佐藤嗣麻子、篠田節子、手塚眞、夢枕獏という超豪華執筆人による『血』(早川書房)というアンソロジーが個人的には非常に気に入っています。



『フレームシフト』ロバート・J・ソウヤー ハヤカワ文庫SF
 『スタープレックス』では大宇宙を舞台に「わくわくSF」を楽しませてくれたロバート・J・ソウヤーの新作『フレームシフト』は、サスペンスとして売りだされてもまったく違和感がない作品。

 ヒトゲノム・センターに勤務する遺伝学者ピエールと人に言えない特殊な能力を持つ恋人モリー、そして二人の子供の物語と、第二次大戦中にユダヤ人収容所で残虐非道のかぎりを行っていた「恐怖のイヴァン」探索の物語、この二つが両輪で展開し、最後にきっちりと合体され、ソウヤーらしい風呂敷の大きさをちらっと見せて終わります。

 遺伝子検査と治療と保険といった現実レベルの問題が多く含まれていて、チクリチクリと考えさせられたりぞっとしたりしながら読んだところも多々ありました。ともあれ、500ページ余りの厚さもまったく苦にならずに一気に読ませるストーリーテリングの上手さはさすがソウヤー。オープニングからラストまで要所要所は、映画にしてもそのままはえそうな場面展開です。



『月の裏側』恩田陸 幻冬舎
 このなんともいえない読後感をどう表現すればいいのか、ちょっと途方にくれています。
 『六番目の小夜子』でデビューした作者が一皮むけた、というか、いままで断片的に顕れていたものが、一つの長編としてまとまりのある質感を伴って前面に現われたという感じがします。期待以上の作品を読めるというのはファン冥利につきますが、それにしても、もしかしてとんでもない作家に惚れてしまったのではないだろうか。

 九州の水郷都市・箭納倉(やなくら)。恩師の三隅協一郎を訊ねた音楽プロデューサーの多聞は、その郷愁のイメージあふれる街で連続する不思議な事件について聞かされる。行方不明になった老人がしばらくすると何事もなかったかのように戻り、失踪中の記憶を失っているという事件が一年の間に3件も起こっているのだ。この事件の謎を解く「ゲーム」には、新聞記者の高安、そして協一郎の娘・藍子が加わるが、やがて彼らは、行方不明者が非日常的な「何か」に「盗まれて」別なにせものとなって帰ってきていることに気がつく・・・。

 ジャック・フィニィの『盗まれた街』を下敷きにした侵略もので、テーマ自体はお馴染み。しかも、巷はホラーブームで、いまどきちょっとやそっとのことじゃ驚かない・・・はずなんですが、この怖さは何なのでしょうね。図書館のシーンなぞ、一瞬自分の部屋が暗くなった気がして、思わず窓の外に水の膜がはり付いていないかどうか確かめてしまいました。先を読むのをやめたくなるほどぞーっとする怖さ、それでいて決して不快ではない、ノスタルジーに似た感情。この二律背反した綱渡りをどちらの側にも傾き過ぎることなく操るところが、恩田陸ならでの妙技。しかもラストで、手に汗握っていた観客は、綱渡りの綱の両端が支え棒に結わえ付けられていなかったことに気づくと同時に自分の椅子の下に床がないことを発見するような、そんなドロリとした底意地の悪さすら包含しながら見事なタッチ・アンド・ゴーを決めてみせます。
 行く先に何が待ち受けているのか、善なのか悪なのか、救いなのか絶望なのか、確かなものはなにひとつなく、この後の物語はいかようにも続けられそうです。でも「終わらないこと」、それ自体に意味を見い出してみたくなってもいいのではないかな。多聞の存在は超越しているようでいて限りなくグレーで、だからこそ彼は世界そのものの姿に一番近いのかもしれません。

 立て続けに「一つになりたい」ネタを扱った小説や映画にぶちあたって「もううんざり」の方も、素材は同じでも調理次第でこうも変わるものかと目を見張ること請け合い。読み手が読み終わった後も物語に対峙しなければいけない物語であり、模範解答はついていないメタファーをゆっくり楽しめる物語とも言えますね。


 *『盗まれた街』はじめ関連作品についてはこちら

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