『マーティン・ドレスラーの夢』スティーヴン・ミルハウザー (白水社)
『三つの小さな王国』、『イン・ザ・ペニー・アーケード』などで、独特の幻想的な世界を展開するミルハウザー。この作者の小説が読めるとなると、それだけでわくわくしてしまうほど好きな作家ですが、今作は初の長篇。
19世紀終わりから20世紀初頭にかけて、ニューヨークを舞台に、時代の上昇気流とともに、葉巻屋の息子、マーティン・ドレスラーが壮大なホテルを建築するまでの物語。前半はホテルボーイからその才覚を買われて出世階段をのぼっていく様で、わりと普通の小説っぽいのですが、マーティンがカフェに続くファミリーホテルの成功では飽き足らず、何かに駆り立てられるように、まるっきり新しいコンセプトのホテルを建築する段に差し掛かるにつれ、ミルハウザーの本領発揮とも言うべき幻想的な世界が広がっていきます。ホテル、博物館、百貨店、遊園地、劇場などあらゆる娯楽の要素が詰め込まれ、訪れる者がそこに属することを要求される地上と地下の双方にのびた一つの”世界”。そのもう一つの”世界”が現実の世界を凌駕してしまうとまったく違うファンタジーな物語になってしまいますが、ミルハウザーの場合は、あくまで現実を前提に半歩ずれた捏造された世界を夢見る愉しみを提供してくれます。
ピュリッツアー賞受賞と言われても、今一つぴんとこなくて、確かに変化の時代の空気をよく現している作品ですが、やっぱりこの作品を気に入る人は、ミルハウザーの他の作品を愛する少数の幻想系な読者ではないかと思います。わたしは暑さも忘れて酔わせて頂きました。