2003年3月



『錬金術師の魔砲 上・下』J・グレゴリイ・キイズ ハヤカワ文庫FT
 原題は「NEWTON'S CANNON」。邦題と比べてにんやりしてしまった人はぜひ読むべしと思うのですが、舞台は、アイザック・ニュートンが錬金術の実験に成功し、科学と魔術と錬金術が混在し、太陽王ルイ14世がペルシャの秘薬によって生き長らえているという世界。
 物語は二人の主人公を軸に展開します。ボストンで兄の印刷工場でこき使われながら、手探りで重要な発明をしてしまう若きベンジャミン・フランクリン。彼は謎の魔術師に命を狙われ、ボストンを離れロンドンへと向かう羽目に陥ります。一方、ベルサイユで亡き王妃の秘書として仕えていた聡明なアドリエンヌは、ロンドンを灰に帰す究極の兵器の研究を垣間みることになりますが、事態は己の好奇心を満たすことだけには留まらず、自分が大きな陰謀の一つの駒となっていることを見い出します。
 テンポよく二筋の物語がすすみ、両者にブリッジがかかると俄然展開が気になってきます。歴史改変ファンタジー&SFな設定のおもしろさに、ミステリィ、アドベンチャー、プチロマンスまで楽しめるのはお得な感じ。舞台設定からはマッキンタイアの『太陽の王と月の妖獣』を思い出しますが、キイズの物語は登場人物がしなやかな印象で(人によっては甘いと感じるのかもしれないけれど)、個人的には非常に読みやすくかつお好みです。
 ラストがずいぶんあっけなく終わってしまうな〜、と思っていたら、これ、四部作の第一部なんですね・・・。道理で、あれとかこれとか、この後の展開を想像させるファクターが山積みのままなわけだ。最後までちゃんと出版してもらえますよね???>ハヤカワさん。

 ちなみにキイズのデビュー作『水の都の王女』とその続編『神住む森の勇者』は傑作ファンタジーですので、未読の方はぜひどうぞ。  



『小指の先の天使』神林長平 早川書房
 神林長平の短編集。単行本未収録短編は数多く存在しますが、その中でも蓮作ではないけれど、仮想世界に残された意識、という設定世界観を共有する作品を厳選して収録してあります。
 トップに収録されている「抱いて熱く」を読んで、20年以上前の作品であるにもかかわらずあまりに違和感を感じないことへの驚きと、神林作品は比較的無彩色なイメージ(とりわけ最近は思索的な描写が多いせいもあり)が強かったにもかかわらず、この初期作品は廃虚と砂漠という舞台でありながらカラフルな色彩描写に満ちていることへの驚きを感じました。
 書き下ろし「意識は蒸発する」を含む6編は、行きつ戻りつ共通テーマをなぞっていく作品群ですが、個人的に印象深い作品は表題作「小指の先の天使」。神林作品にはめずらしいファンタジックなオープニングで、長篇になる得る設定を惜し気なく使い、十分語り、十二分に余韻を残す作品です。「なんと清浄な街」は直接ではなくても何らかの続編がありそうな気がするのは、期待過多でしょうか。
 久々にどっぷり神林世界に浸ることができて、過去作品もまた読み返したくなりました。

p.s.
 文庫再版も好調のようですが、『敵は海賊』のOVAも再版だそうですね。



『エドウィン・マルハウス』スティーヴン・ミルハウザー 福武書店
 ミルハウザーの小説は常に読者の想像力と好奇心を要求する。ありふれた小説様式には興味がないといわんばかりに、彼が書く小説は形式も内容も一筋縄ではいきません。具体的な描写が重なれば重なるほど、小説世界が摩訶不思議な空間に変化していく様が独特です。

 この作品は伝記小説という形をとっていますが、そこはミルハウザー、伝記ときいて一般にイメージするものをことごとく裏切る設定です。伝記の対象となっているのは、10歳でアメリカ文学の傑作『Cartoons』を書き、11歳の誕生日に亡くなったエドウィン、伝記作家はエドウィンの幼馴染みのジェフリーで、エドウィンの死から1年の間にこの伝記を書き上げたことになっています。ジェフリーは、エドウィンの隣家に住み、幼児期から学校生活までエドウィンと人生を共にし、ある時点でエドウィンの伝記作家たることを己の使命と課し、彼の一挙手一動も余すことなく観察しようと心掛けていた。

 子供時代という心象風景が鮮やかに浮かび上がり、登場人物たちの感情の機微が立ち上ってきます。が、それだけなら「So what?」となる可能性もありますが、読み進めるうちに、そこはかとなく感じられる暗雲は、ラストで衝撃的な稲妻を光らせ、きわめて印象的な読後感を残します。

 確かにすごく売れるという作品ではないと思いますが、それでも現在絶版となっているのはもったいないですね。

p.s.  2003年8月に白水社から再刊されました。ご興味のある方はまた版切れになる前にお早めにどうぞ。

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