99年10月



『都の子』江國香織 集英社文庫
 
 今年の長い夏が来る前に『なつのひかり』を読んで、「私が求める物語とちょっと違うなあ・・・」と思ったはずなのに、秋を実感するかしないかのうちに、『落下する夕方』も『流しのしたの骨』も手に取っている自分に気がつきました。
 主人公に感情移入できるわけでもないどことなく宙ぶらりんな三角関係の物語を、なぜ読み続けているのか? ”『きらきらひかる』の感動を再び”という熱意だけで読み続けられるものでもないし、自分でも不思議だったのですが、エッセイ集『都の子』を読んで納得してしまいました。
 私はこの人の文章の雰囲気が他の物では代用が効かないくらい好きなのです。

 ”人を無防備にさせてしまうものの一つに、水玉模様があると思う。どうしてだかわからないが、つい気をゆるしてしまうのだ。なんとなく懐かしく、なんとなく憎めない。ちょうど、お弁当の中の玉子焼きみたいに。”(「カルピスとワンピース」〜『都の子』p.48〜)

 江國香織が紡ぎだす文章の雰囲気は、私にとって「つい気をゆるしてしまう、なんとなく懐かしく、なんとなく憎めない」もののような気がします。エッセイを読んでいても、例えば「同じ内容を語る人は他にもいるかもしれないが、この文章が醸し出すこの雰囲気は唯一無二のものだ」と思うのですね。ストーリーのおもしろい作品に出会うことはそれほど難しくはないけれど、文章の雰囲気が好きという作家にめぐりあうことはなかなか難しいです。私がこの人の作品を読み続けているのは実に正しい、そう思えるのは幸せなことだと思います。

 「願わくばどっぷり感情移入できるような作品が読みたい」という気持ちはありますが、もしかしたら、あの微妙なずれこそが作品のエッセンスなのかもしれませんし、私の中でけっしてメイン・ディッシュにならないところが飽きずにまた手をのばしたくなる所以なのかも知れません。すぐにも壊れてしまいそうで壊れない、微妙な蜘蛛の糸で編み上げられているような不思議なバランスをたもっている江國香織の世界を、私はきっとこれからも読み続けることでしょう。


*江國香織『なつのひかり』集英社文庫/『落下する夕方』角川文庫/『流しのしたの骨』『きらきらひかる』共に新潮文庫
        



『ファイナルジェンダー −神々の翼に乗って−』[上下]
ジェイムズ・アラン・ガードナー ハヤカワ文庫SF
 
 魂は肉体に宿る・・・のか?
 人は性差や外見によって劣等感やら優越感やらを抱きながら育っていくわけで、その内面を形成するファクターとして入れ物である肉体の影響から逃れられない。さて、男女が互いの性を経験することができたら、人はどう変わるのだろう? あるいはどう変わらないのだろう?

 トバー入江の閉ざされた村では、1年毎に男性、女性交互の性別の人間として成長し、20歳の時にその後生涯変わることのない一つの最終性を選択する。主人公のフリンは<<最終性選択前夜>>を迎え、その選択に悩んでいた。そこへ現れた他所者、かつて村を追放された<<中性>>とフリンの村ではタブーとなっている科学者。二人の出現は村にやっかいな騒動を巻き起こし、渦中に巻き込まれたフリンはやがて<<神々>>の正体を知ることになる。

 『プラネットハザード−惑星探査員帰還せず−』で個性的な作風を見せてくれたガードナーですが、本作も舞台設定が非常におもしろい。フリンの視点で物語が進み、かなり特殊な舞台設定にもすんなり入りこむことができ、殺人事件、過去の両親の秘密、神々の謎とミステリー仕立てで読みやすい展開です。ラストの見せ場も十二分に盛り上げます。ジェンダーを扱った小説は説教的な所が鼻についたりあるいは読んでいて苦痛だったりしがちですが、そんなハードルを軽々と飛び越えて、重すぎもせず軽すぎもせず物語る所が上手いです。

 細かい背景設定としてはいろいろ疑問なこともあり、「性の役割を定める」ことだけで本当に性の割合が半々になるのか? 男女が入れ替わった時、経験は正確に肉体に反映できるのか?(例えば、男性のフリンのヴァイオリンの腕と女性のフリンのヴァイオリンの腕は同じであることが可能なのか?) 最終性選択を決断するのは”誰”なのか? 等々(ネタバレしないようにすると微妙な表現になりますが(^^;)。

 そして一番気になるのはこの物語の後に続く物語であって、トバー入江の村がどうなっていくのか? ラストのフリン&キャピーはどういう人生を送るのか? 科学者ラシドは一連の出来事と仕組みをどう理解し、トバー入江に住む人々に対して何を思うのだろうか? と物思いのネタは尽きません。大団円のラストを読み終わって尚、あれこれ考えたくなるというのは、やはり作品世界に奥行きがあるからでしょうね。

p.s.
『プラネットハザード』の時も思ったのですが、カバーイラストのイメージがどうも私はなじめません。イラストでひいてしまう層の中にもこの作品を楽しめる人がかなりいると思うのですが・・・。



『不思議な猫たち』ダン&ガードナー・ドゾワ編 扶桑社ミステリー  
 『魔法の猫』Magicats!の続編がでました。猫にまつわるファンタジー、ホラー、SF、ミステリーなどの短編アンソロジーで、今回は猫だけでなく、豹やピューマなどネコ科の生物もでてきます。フリッツ・ライバー、マイクル・ビショップ、タニス・リー、アイザック・アシモフ、ルーシャス・シェパード、リリアン・ジャクスン・ブラウン、ル・グイン等、執筆陣はおなじみの作家ばかり。
 以下いくつかの作品をピックアップ。
「猫の創造性」フリッツ・ライバー
SFファンにはおなじみ、猫のガミッチ。水のみボウルをひっくりかえすガミッチが文句なくかわいい (*^^*) 。
「焔の虎」タニス・リー
『タマスターラー』(ハヤカワ文庫FT)にも収録されていて、私の好きな作品ですが、ウイリアム・ブレイクの詩を題材としたネタは翻訳だともどかしさが残ってなかなか難しいですね。
「かわいい子猫ちゃん」アイザック・アシモフ
『小悪魔アザゼル18の物語』(新潮文庫)の「ジョージとアザゼル」シリーズ。語り口の巧みさとウイットがきいた結末がこのシリーズのおもしろさでしょう。
「ジャガー・ハンター」ルーシャス・シェパード
シェパードといえば「竜のグリオールに絵を描いた男」(『80年代SF傑作選』[上]ハヤカワ文庫SF収録)くらいしか読んだことがないのですが、まだ乾いていない油絵のような、つややかでべたついた感じがする、幻想味のある作風は結構好きです。
「マダム・フロイの罪」リリアン・ジャクソン・ブラウン
ラストで拍手喝采するか「こわい」と思うかで、その人のネコ度がはかれるかも(^^;)。私? もちろん、すかっとしました(笑)。
「硝子の檻」パメラ・サージェント
猫の主人公という視点をうまく使った作品。
「パスクァレ公の指輪」アヴラム・デイヴィッドスン
物語の流れをぶつぶつ切りながら展開している文章はかなり読みづらい部類に入るかと思いますが、ちょっとゆがんだ独特の雰囲気は幻想系好きにはなかなか楽しめます。
 姉妹編「犬」小説アンソロジーも刊行予定だそうですが、私の場合はやっぱり猫と犬では思い入れが異なるかも・・・。
 ともあれ、アンソロジーの良いところは、自分では積極的に読まない作家のおもしろさに出会えることですね。

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