巣立ち

第一章 姉と弟
第二章 掛け湯
第三章 寝乱れ
第四章 弟妹
第五章 ファスナー
第六章 ウエディングドレスの契り
エピローグ  嫁と舅

1 姉と弟

 元来賑やかな家だが、それが、ともすれば静寂に包まれた。それはあながち、夕刻から降り始めた、季節外れの雪だけのせいではなかった。
 いつもなら口うるさい和子も、その日に限って口数が少なかった。
 
「これみんな食べていいのか?」
 育ち盛りの吉雄が、恐る恐る母親に訊いた。さほど大きくない食卓に、普段になく皿がいっぱい並んでいる。
「ええよ」
「ほんとかい?」
「わーい」
「これ、おれんだからな」
「ずるいよぉ、兄ちゃん」
「お前はまだ小さいんだから、そんなに食ったら毒だ」
「おねえちゃーん」
 小学校五年生になったばかりの綾が、姉のひとみに助けを求めた。知的成長が少し遅れ気味の綾は、母親よりも姉に甘えたがった。
「ほら、姉ちゃんのあげるから。喧嘩しないの」
「姉ちゃん、ほんとにあした嫁に行くんか?」
「そうよ。なんで?」
「あんな男のどこがええんじゃ。やめとき」
 皿の上に残ったマグロの刺し身を、箸で突きながら言った弟の言葉に、ひとみは視線を泳がせた。
「吉雄、ばか言ってないでさっさとお食べ!ひとみ、終わったらお風呂にお入り。沸かしてあるから」
 外釜の風呂はゴミを燃やしがてらに沸かすから、かなりの手間であった。いつもはひとみか吉雄がそれをするのだが、その晩は、仕事を休んだ和子が手際よく済ませていた。今和子が娘にできる、せめてものことであった。
 ひとみの縁談に、和子は最初から諸手を上げて賛成していたわけではない。むしろ、家柄が釣り合わないとか、まだ若すぎると、反対すらした。しかし自分も18そこそこで、旧家の実家を飛び出て結婚したことを考え合わせると、認めざるを得なかった。
 自分でも知らずに、娘が所帯を持つこと自体に嫉妬していたのかもしれない。和子もまだ四十前。そして女盛りの十年、亡夫に操を立てて三人の子を育ててきたのだから、もしそうだとしても、無理もないことではあった。
「うん。片づけたら入る」
「片づけなんかええから。ほら、吉雄も綾も、いつまでも食べてないで。あんたたちも入るんだよ」
「おれはいいよ。きのうも入ったんだし」
「なに言ってんだい。姉ちゃんによーく洗ってもらい。今夜が最後なんだから。頭も洗うんだよ」
「ちぇ」
 
 綾が生まれて間もなく夫が他界すると、和子は3人の子供を抱えてすぐ、縁者の農家の手伝いとして働きに出た。悲しみに浸っている暇もなかった。
 その和子に代わって、ひとみは歳の離れた弟と妹の世話を、何から何までしてきた。綾が保育園で苛められたと聞けば、園長の家に怒鳴り込みに行き、吉雄が喧嘩で相手に怪我をさせたときには、菓子折りを持って謝りにも行った。
 ひょんなことから、吉雄はそんなひとみの噂を耳にした。それは、ひとみの腹の中に赤ん坊がいるというものだった。赤ん坊の父親は、ひとみが働いていたコンビニのどら息子。手込め同然だったという、まことしやかな尾鰭も付いていた。
 結婚するならば、経緯はどうあれまずはめでたいことではある。それも相手は、いくつかの店を経営している資産家の一人息子だ。悪い話ではないのだが、それが却って吉雄を苛立たせた。
 乱暴者の吉雄も、五歳上の姉に頭が上がらなかった。その姉と一緒に風呂に入るのが、結婚話が持ち上がってから、気が引けるようになった。
 それは思春期の恥じらいからではなかった。姉と風呂に入るのは、むしろ好きだった。三人で風呂に入るのは、父親のいない姉、弟、妹の団結を確信する儀式にも思えた。
 噂話を聞いてから、吉雄はひとみを姉としてではなく、ひとりの女として意識するようになった。そうなると、なんとなく姉の裸体も見てはならないものに思えてくるのであった。
 
「何してんだよ、ひとみが呼んでるじゃないか。早く行きなね」
「うるせぇなあ。分かってるよ」
 吉雄は一旦二階に上がって、寝巻きを持って奥の風呂場に向かった。
 綾とひとみの寝巻きがきちっと畳まれて置かれてある乱れ駕籠の中に、吉雄は乱暴に自分の寝巻きを投げ込んだ。脱いだセーターとズボンは別の駕籠に入れた。
 一段下がった土間にある二層式の洗濯機は、テレビが来る前からこの家にあった。洗濯する方の蓋はとっくに取れて無くなっている。その中に姉と妹の下着が先に入っていた。吉雄はシャツを脱ぐと、ひとみがさっきまで肌に着けていた物を隠すかのように、その上に被せた。
 吉雄はガラガラッと勢いよく、戸車が錆び付いて重いガラス戸を開けた。




2 掛け湯

「うー、寒いよー。早く閉めてぇ」
 戸を背中にして、綾の頭を洗っていたひとみが、肩をすぼめた。
「先に温まっていて。あ、ちゃんと下をお湯で洗ってから入るのよ」
「ああ」
 立ったまま湯舟の湯を下半身に掛け、前と後ろをごしごし手で洗った。
 ざぶんと音を立てて入ると、湯がひとみと綾の方まで撥ね飛んだ。
「あついよー」
 頭を下にしたまま、綾が泣き声で言った。
「あつかないさ」
「吉雄は乱暴なんだから。ほら、ちゃんと見てて。明日からは吉雄が綾を洗ってあげるんだからね。これがリンス。あんたはいいけど、綾にはリンスをしてあげてよね」
「自分で洗わせろよ」
「だめよぉ。まだ5年生になったばかりじゃないの。兄妹なんだから、これからも、なんでも助け合ってやっていかないと」
 湯舟から見るひとみの体が、ひところより丸みを帯びているように、吉雄には思えた。尻も一回り大きくなったように感ずる。背中の脇からはみ出して見える乳も、前はもっとしっかり張っていたのが、ふわふわと揺れているように見えた。それは妊娠していると思って見る、吉雄の錯覚であったかもしれない。
 腹に赤ん坊が本当にいるのかどうか。いるとすれば、腹が出ているのだろうか。吉雄は噂を聞いてから、いつも気になっていた。が、中学三年の少年の観察では分からなかった。
「さあ終わりよ。これで自分で拭いてごらん。そう、それでいいわ。あまり強くしちゃだめよ」
 ひとみは綾を立たせて、手桶で湯を汲んでは体に掛け、背中に付いた髪の毛を洗い落とした。
 乾いたタオルで長い髪を姉さん被りに纏め上げると、下の毛も生え出さない幼女ながらも、首筋に青い色っぽさを漂わせた。
 つるりとした股間を隠すでもなく、タオルが落ちないように両手を頭にしたまま、綾は湯舟を跨いだ。その幼い一筋が、風呂の中にいる吉雄の顔の前を過ぎったが、別に珍しいことでもなく、なんの興味も吉雄は覚えなかった。
「吉雄、出ておいで」
 次は吉雄がひとみに体を洗ってもらう番だ。
 振り向いた姉に視線を合わせずに、吉雄はざばっと勢いよく立ち上がった。
 去年から生え出した陰毛は縮れも弱く、まだ濃い繁みとはなっていない。それでもその中央にぶらりと下がったものは、一丁前の男になりつつあった。
 ひとみの前の椅子に、吉雄は背を向けて無造作に座った。
「いい?こうやって、タオルで泡をしっかり立ててから洗うのよ。ほら、こっちを見て」
 言われて吉雄は首だけ後ろに回した。
 ひとみがナイロンタオルを揉み、泡で一杯にさせていた。小さな泡が、健康的な白さをたたえる太ももの上にぽたぽたと落ち、肌を舐めるようにして、軽く開いた内ももから股間に向かって流れた。
 吉雄はひとみが指し示すタオルではなく、姉の繁みをなんとなく見やっていた。
 その視線を感じて、ひとみは膝を閉じた。まだ中学生の弟ではあるが、やはり男であることに変わりはない。恥ずかしい場所への視線から、無意識に防御してしまったのも無理はないことであった。
「さ、分かったらもういいから、前を向いて。ほら」
 両肩を掴まれて、体の向きを直され、吉雄は再び顔を床に向けた。
「耳の後ろ。ここから洗い始めるの。そして肩。背中は...そうか。綾、あしたから姉ちゃんの代わりに、兄ちゃんを洗ってあげてね。こうやって力を入れて擦るだけでいいんだから」
「うん、分かってる」
 姉が兄を洗ってあげているのを、湯舟から熱心に見ていた綾は、明るく返事をした。
 明日からは姉の代わりになって、色々家の中のことをしなければならない。綾にはそれが不安でもあるが、大きな期待でもあった。
「さ、立って」
 言われて吉雄が脚を開いて立ち上がった。
 ひとみの顔の前に、きりっと引き締まった少年の尻が向けられた。その下に、ふぐりが垣間見えた。ひとみには見慣れた光景であったから、特別になんとも思わない。ただ、こうして弟の体を洗ってあげるのが最後かと思うと、ある感傷的な気持ちにさせられた。
「この膝の裏と...この踵の上。あんたはここが一番汚いんだから、念入りに擦らなければね」
 まるで自分に向かって話しているようであった。
「はい。じゃ、前を向いて」
「いいよぉ。もう後は自分でできるから」
 毛が生えてきてからは、体の前は自分で洗うようになっていた。それをきょうに限って、前も洗ってやると言い出されて、吉雄は戸惑った。
「いいから。最後なんだから。さっさとしなさい、男のくせに」
 腰を両手で回され、石鹸で濡れた床に滑りそうになりながら、吉雄はひとみに向かって立たされた。
 目の前に突き出された弟の象徴が、わずかながら硬直しているように、ひとみには思われた。それが全く目に入らないかのように無視して、腹から腰そして股間へと、せっせとナイロンタオルを使った。
 吉雄は今更逃げるのもはばかれ、姉にされるがままに仁王立ちに立っていたが、股間に熱い血が流れ込んでいく感じをどうしようもなかった。
「綾、先に出る?もうあったまったでしょ?」
 ふいに、ひとみが綾に声を掛けた。
「うん」
「じゃ、おいで」
 吉雄の太ももを洗っていたタオルで、ひとみは綾を手招きした。
「そこのタオルで体を拭いて。そう、じょうず。あ、ちょっと待って。後ろを拭いてあげるから」
 さっと手をすすいで、腰掛けたまま綾が使っているタオルを取り上げた。
「吉雄、後ろはこうやって、ちゃんと拭いてあげてよ?」
「ああ」
 吉雄は下半身を泡だらけにしたまま、まだ固く青い妹の尻を見ていた。
「綾、上に行ったらストーブを点けておいてね」
「うん、分かった」
 重そうにガラス戸を開けて、綾は出ていった。
 ひとみは石鹸をタオルに付け直して、また吉雄を洗い始めた。
「そこはもういいよ。さっき洗ったじゃないか」
「いいから、大人しくしてなさい」
 少し怒ったような顔をして、ひとみは吉雄の股間を洗った。
「いい?ここは大事なところなんだから、いつもきれいにしておかなければだめよ」
 ナイロンタオルを吉雄の股間にすっぽり被せ、二つのふぐりを優しく揉み洗った。
 タオルの中のものが、くくーっと起き上がってきたが、その根元から先まで丁寧に、ひとみは表情ひとつ変えずに片手で洗った。もしそれが弟のものでなかったなら、こうは無造作には手にできなかったであろう。
「姉ちゃん、もういいよ。なんだか変になっちゃう」
「変?ああ、これ?これはちっとも変なことじゃないの。ここを擦ったり触ったりしていれば、男の子はだれだって固くなったり大きくなったりするんだから」
「だってぇ...」
「なに恥ずかしがってんのよ。こうやって大きくしてから洗った方が、ちゃんときれいに洗えるんだから」
「やめてくれ。痛いよ」
「ごめん。これならどう?痛くないでしょ?」
 下からひとみに見上げられて、吉雄は顔を赤らめた。
 心臓がどきどきするほど、今まで感じたことがない快感が、ふぐりから背筋に走った。その快感に酔い痴れているのを、姉に悟られたくなかった。
「どうなの?」
 タオルの上から、先の太くなっているところを、ひとみはそっと指先で転がした。もうこうして裸で会うこともないであろう弟への、ささやかな餞別であった。
「あ、あぁ、大丈夫」
 姉への気遣いにそうは言ったものの、股間の痛さは変わりがなかった。だが、それは苦痛ではなく快感を伴った痛さであった。全裸の姉を見下ろしていると、さらにそれが強まる。しなやかでスレンダーであったひとみの体は、近頃ふくよかになっている。吉雄はしかとその変化に気付いていないのだが、優雅に盛り上がる胸から、目を逸らせないでいた。
 ひとみがタオルを外した。
 吉雄のものが見事にそそり立っていた。そっと表皮を根元に向かってずり下ろすと、てらてらと輝く頭がなんなく露出した。
「ほら、ここ。こんなに」
 ひとみはそう言いながら、恥垢をタオルでくるりと拭き取ってあげた。
「いいよ、そんなことしなくたって!」
「だめよ。こんなのを溜めてると病気なるのよ。いつも清潔に」
「分かったってば。自分でするから」
「そうよ、明日からは自分でしなさいな。きょうだけ姉ちゃんがしてあげる」
 ひとみは吉雄に構わず、表皮が筒先に戻らないように引っ張り気味にしておいて、笠の下を擦り続けた。
「でも...」
「でも、なにさ?」
「しょんべんが出ちゃいそう」
「いやあねえ。お風呂から出るまで我慢できないの?」
「んー、できなくはないと思うけど...なんか変なんだ」
「しょうがないわねぇ。いいわ。しちゃえば」
「えー?だってぇ...」
「構わないわよ。こうしてタオルを掛けてすれば、こっちまでは飛ばないでしょ?」
「いいよ。風呂から出てからするよ」
「いいから、今しちゃいなさいってば。ほら」
 ひとみには分かっていた。尿意ではなく、吉雄は射精を催しているのだということが、手のひらにしっかり感じられていた。
「あ、だめだ、そんなにしたら」
「じっとして。姉ちゃんが手伝ってあげるから」
 顔を真っ赤にして堪える弟がもどかしくなって、ひとみはふぐりを触った。そして二つを片手の中に収め、やわやわと揉んであげた。直接弟の肌に触れると、ひとみもさすがに男を感じ、体が火照ってきた。
「ほんとに、出しちゃっていいのかい?」
「いいって言ってるじゃない」
「知らないよ、お、おれ」
「お母さんには内緒にしてあげる」
「きっとだよ」
「ええ。だから、早く!」
 ひとみはタオルで包んだものを、前後に速くしごいて急かした。
 本能的に、小便とは違うものが出そうなのが、吉雄も感じていた。そしてそれを、こんな風に姉の前で出すものではないと思った。
 しかし、その姉が早く出してしまえと、言葉と手で急っつくのである。これは自分の責任ではないと自分にいい訳をしつつ目を閉じた。
(あ、あ、出る...)
 その実感はあるのだが、いざ、出してしまおうとすると出てこない。姉に見られているという意識が、官能に身を委ねるには、邪魔になっていた。
「いいよ、自分でするから」
「できるの?」
「できるさ。いいから向こうを向いててよ」
「分かった。じゃあ自分でしたらいいわ」
 どんな風に男の子がするものか、ひとみも一度見てみたかったが、弟が姉の前でするには抵抗があることも察することができた。素直にくるりと吉雄に背を向けて、髪を洗い始めた。
 自分でするとは言ったものの、姉にしてもらった快感がなかなか戻らず、吉雄は苛ついた。闇雲に握りしめたものを強くしごき続けた。
 早く果てようともがく弟の前で、さっきまでのことはまるで忘れたかのように、ひとみは髪を洗った。そしてそれも終わり、すすぎになった。
(早くしなければ)
 吉雄は焦った。姉が見ていないうちに、早く終えたい、果てたいと思いながら、もう少しのところで頂点に達しないのだ。
 ひとみがすっと立ち上がり、髪を上にまとめ上げた。
 綾の青い尻とは比べものにならない白く雄大な尻をすぐ目の前にして、吉雄の手の動きが猛烈な速さで動いた。町でも一際目を引く美貌と、均整の取れた体だ。そこに子を孕んだ大人の女の色気が加わっている。それが実の姉であっても、吉雄が夢中になるのは無理はなかった。
 荒い息づかいに、ひとみも吉雄が頂きに向かっていることを感じ取っていた。
(あ、あっー)
 呆然と姉の尻を見ながら、吉雄は官能の頂に向かって突っ走った。そして目を固く閉じ、果てて行った。
 腰から太ももの裏に熱い液体を振り掛けられて、吉雄が終わったことをひとみは知った。
「偉いわ。ひとりでちゃんとできるのね」
 大仕事をなし終えた弟に、肩から湯を掛けながらねぎらった。
 母親が訝しがらないうちにと、まだぼーっとしている吉雄をささっと拭き上げて、背中を押すようにして風呂場から追い出した。
 一人になると、ひとみは立ったまま桶の湯を何度も体に掛けて、吉雄のべとつく液を洗い落とした。
 父が死去してから、吉雄は家でただ一人の男だった。幼くとも男がいるというだけで、どれだけ和子もひとみも心強かったことか。その吉雄が頼もしい大人の男に成長していた。その実感がひとみの手のひらに残っていた。きっと母と妹を支えてくれるであろう。それだけで、もう思い残すことはないと思った。
 吉雄を包んだそのタオルで、小さな命が息づいている下腹部を、そっと丸く撫でた。

 妊娠したことを知ったときは愕然とした。言われるがままについて行ったカラオケボックスで飲まされ、犯されてしまったのを悔やんだ。無類の遊び人であることは知っていたが、それゆえの危険な香りを持つ容貌は女を惹きつけるに十分だった。それに抗し得なかった自分が愚かだったのだ。
 子を産み育てることは、家のことを考えると、とてもできることではなかった。が、堕ろすことは考えもしなかった。父親がどうあれ、授けられた小さな命を自らの手で抹殺することはできない。
 ひとみは母にも内緒で、思い余って相手の父親に、認知はいいが養育費の一部だけでも出してくれないかと、話を持ち掛けた。思いも掛けず、ひとみの働きぶりと人柄を見て知っていた父親は、ぜひ息子の嫁にと、礼を尽くして和子に頼みに来た。母親を中学のときに亡くしてから甘やかして育てた不出来な息子だが、私が責任を持って幸せにしますからと、町で屈指の実力者でもある男に深々と頭を下げられては、ひとみも断りきれなかった。
 ひとみは結婚までは望んでいなかった。が、自分が結婚することで、少しは母も楽ができる。弟や妹も、きっと幸せになれる。そう思って受け入れることにした。

 湯舟に浸かりながら、これがこの風呂に入るのも最後かと思うと、はらはらと涙がこぼれた。
 そうだ、義父に頼んで、この風呂もガス風呂に改造してもらおう。傷んだ台所も直して。
 ひとみは結婚生活よりも、実家の援助に思いを馳せていた。そして、この乳を咥える子はどんな顔をしているのだろうかと、湯の中から胸を掬い取り、夢想した。
 風呂から出て、籠の中の寝巻きを羽織り、腹を圧迫しないように細紐を軽く締めた。
 ひとみの家では、真冬でも寝るときは寝巻き一枚で、パンティのほかは何も着ない。これは父親がそうしていたからなのか、母方の家風なのか、ひとみも知らなかった。
 和子に風呂を上がったことを告げて、二階の部屋のふすまを開けた。


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