山の手七低山
西郷山・千駄ヶ谷富士・箱根山・飛鳥山・道灌山・おとめ山・池田山
西郷山の山頂は草原で見晴し抜群
【行程】 1/18(日)曇り [鷺沼10:11=(東急)=渋谷10:29/10:40=(東急トランセバス)=青葉台2丁目10:48−西郷山公園W10:54−西郷山10:56−NE10:57−ヒルサイドテラス11:02=(トランセ)=渋谷11:09/11:14=(東京メトロ)=北参道11:20−鳩森八幡神社S11:37−千駄ヶ谷富士11:38−W11:39−北参道11:46/11:48=(東京メトロ)=東新宿11:53−戸山公園W12:10−箱根山12:12−E12:13−面影橋12:48/12:49=(都電)=飛鳥山13:09−飛鳥山公園W13:10−飛鳥山13:18−NW13:25−王子13:29=(JR)=西日暮里13:35−道灌山(諏訪神社)13:44−西日暮里13:54/13:56=(JR)=目白14:08−おとめ山公園E14:21−おとめ山14:25−N14:27−高田馬場14:35/14:48=(JR)=目黒15:05−池田山公園N15:23−池田山15:24−E15:27−目黒15:44/15:50=(東急)=鷺沼16:17]
【メンバー】 隊長
【西郷山】さいごうやま 2万5千分1地形図(東京西南部)
○全国の低山ファンのみなさま、長らくお待たせいたしました(いろいろ励ましのメールありがとうございました)今年の低山徘徊は山の手七低山巡りから始めましょう。まずは代官山の旧山手通り沿いの西郷山に向かいます。ここは西郷隆盛の弟・従道の別邸があったので西郷山と呼ばれるようになった由。
○渋谷駅からコミュニテイバスのトランセ代官山循環に乗り、青葉台2丁目で降りると公園入口はすぐでした。でも折角ですから下から登ろうと山麓まで回り込みます。下から見上げる山は結構な高度があり、石段を踏む足にも力が入ります。
○山頂の南東側は崖で切れ落ちていて展望は抜群です。周囲に設けられたベンチから観るビル群は決して美しいものではありませんが、東京の活力を表わしているようです。芝生に覆われた山頂広場からは子供達の賑やかな声が聞こえてきます。お花畑に植えられたパンジーに微かな春の息吹きを感じ山を後にしました。
【千駄ヶ谷富士】せんだがやふじ 2万5千分1地形図(東京西部)
○先ほどの循環バスを旧山手通りで捕まえ、渋谷に戻って地下鉄副都心線に乗ります(実は隊長は初めての乗車です)地下鉄の駅から外へ出たら方向感覚が無くなり(磁石と地図はあったのに)反対方向へ進むマヌケでした。眼の前を通過する山手線に茫然自失の隊長です・・・何故?(情けなぁ〜)
○鳩森八幡神社の大鳥居を潜ると左手に立派な富士塚がありました。南側の道が表参道のようですから、こちらから登りましょう。小さな石橋を渡ると山道です。次第に急になる石段を辿ると、溶岩で造られた祠のある山頂です。防寒対策で厚着をしてきましたから、わずか7m登っただけでも汗が噴き出します。隣りには大きな銀杏の木があり、風が遮られていることも影響したようです。
○帰りは急な階段を北に下りますが、途中から通行止めでお中道を西に向かいます。この富士塚は1789年に造られ、都内では現存する最古のものだそうです。あまりオーバーデコレーションでなく自然な感じに良く造られていて、登った感じも満足感の得られるものでした。
【箱根山】はこねやま(44.6m) 2万5千分1地形図(東京西部)
○なんと箱根山は山手線内の最高峰だそうです。残念ながら国土地理院の地形図には名前が載っていませんが、最近その筋では有名になったようですから訪問いたしましょう。戸山公園は広いのですが、「箱根山」を示す道標が完備していて迷う心配はありません。団地に囲まれた緑の多い公園ですが、少年野球チームの練習を見ながら遊歩道を奥に進みます。
○道標に従い山道に入り一段上がると、奥にこんもりとした築山が現われます。山頂まで駆け上がると真中には展望案内板が置かれ、晴れれば富士山や赤城山が見えるようです(生憎、本日は曇りで展望はありません)水準点の標柱もあれば標高と北を示す板もあり、普通の山と遜色の無い立派な山頂でした。
○東側に下ると案内板があり山の謂われが詳しく載っていました。戸山公園は尾張徳川家の下屋敷だったそうです。そこの築山は玉円峰と呼ばれていましたが、それが現在の箱根山です。(何故、箱根山と呼ばれるようになったのかは諸説あるようです)豊な自然が残る公園を野鳥の声に送られながら後にいたします。少し歩きますが都電の早稲田まで参りましょう。
【飛鳥山】あすかやま(23.5m) 2万5千分1地形図(東京西部)
○地図の無い悲しさで道を間違え、一つ先の面影橋の停留所に出てしまいましたが、ノープロブレム。ここからは都電荒川線で飛鳥山に向かいます。乗客にお年寄りが多いのに驚かされました・・・路面電車は老人に優しいというのは本当だったんですね。
○飛鳥山の停留所で下車すると、道を挟んで向かい側に飛鳥山の緑が見えます。台地となっていてどこが山頂か判然といたしませんが、SLが置いてある広場の奥にある古墳のような丘が最高峰のようです。ところが鉄柵が周りを囲み近づくことができません。何とか柵の向こうに入ることが出来ないか?
○柵に沿って進むと門が開いていました。この中は渋沢栄一の住居跡で夜間は進入禁止だそうです。どうしてこの一画だけ立入禁止なのかは不明ですが、何とか入れたので一安心でした。柵のお蔭で訪れる人も無く、落ちついた静かな山頂でした。遠くに聞こえる広場の子供たちの喧騒も別世界のことのようです。まだ肌に当たる風は冷たいのですが、気の早い梅の花は咲き始めていました。
○この山は測量したところ23.5mと東京都の最低峰の愛宕山(25.7m)を下回ったそうです。そこで北区では国土地理院に山名を載せるよう要望しましたが、却下されてしまいました(どうも地図に記載するスペースが無かったらしい)でも飛鳥山は江戸時代から桜の名所として著名ですから、いつ何時山名が記載されるかは予断を許しませんよ。
【道灌山】どうかんやま 2万5千分1地形図(東京首都)
○西日暮里駅の西側にある高台が道灌山と呼ばれる台地です。一体全体どこが山頂なのか良くわかりません。線路沿いの坂道を登ると西日暮里公園があり、そこの周辺地図には道灌山の表示が諏訪神社の辺りにあります。取り合えず山頂をそこに定めて『突撃だぁ!』
○諏訪神社には立派な社殿がありましたので、低山徘徊の無事を祈って手を合わせます。東側は崖下にJRが走り展望が開けます。帰りは少し先の富士坂を下ります。東京で今でも富士山が見える富士坂はここだけとか・・・貴重な場所です(残念ながら本日は視界不良でした)山としての存在はいまひとつでしたが、富士見坂を加えるとぐっと魅力の増す道灌山でした。
【おとめ山】おとめやま(35m) 2万5千分1地形図(東京西部)
○可愛い名前の山ですが、由来は乙女ではなく「御留山」と呼ばれていたところからです。これは徳川将軍家の狩猟地として立入禁止を意味しています。目白と高田馬場の中間ですから目白から下って高田馬場に抜けましょう。
○地図を片手に高級住宅街を進むと道の両側に緑の公園が見えてきます。どうやら右手がおとめ山のようです。池の向こう側に小高い丘がありますので階段を登ります。野良猫が数匹佇んでいます(それを写真に撮っている暇人が2人もいました)展望広場は名前と違って木々に囲まれ見晴しはよろしくありません。
○園内には遊歩道が縦横にありますが、自然をうまく残した思想には好感が持てました。住宅地の中のオアシスといった風情で、武蔵野の面影を残した雑木林やケヤキの大木が印象的でした。南側の建物が取壊されて見通しが良くなっていましたので下から見上げますが、山頂部分だけ緑に囲まれている気の毒な外見となっていました。。
【池田山】いけだやま 2万5千分1地形図(東京西南部)
○こちらは岡山藩池田家下屋敷跡です。広大な敷地の一部が残り池田山公園となっています。本当の山頂は住宅が建っていますが、池から山頂広場までの階段は登り甲斐のある山道でした。ここの庭園は人工的な美しさを追求しているようで、隊長の感性とは波長が合いません。
○目黒駅から裏道を通ろうとして道を間違え、タイ大使館を大きく迂回して遠回りしてしまいました(疲れた脚には堪えました)ようやく着いた嬉しさから始めに山頂に行ってしまい、慌てて石段を下って山麓の池から写真を写します。再び登り返しましたが山に失礼をしてしまいました(でも、まぁ良いか)
○これで山の手七低山の報告を終わります。今回は比較的メジャーな低山巡りでしたが、まだまだ東京には隠れた名山があるようです。これからも研究を重ねて低山徘徊を続けてまいりたいと思いますのでご期待ください(えっ、期待していないって)