エンキ・ビラルに関する簡単な紹介を含む前振りは こちら。観た後の感想は こちら。

　シュールでレトロ・フューチャーな映像が不思議な魅力を醸し出す、「世紀末の幻視者」エンキ・ビラルの第二作。
　月面都市を支配する独裁者マクビー。遺伝的疾患のために臓器交換しないと生きられないマクビー一族、殺し屋、謎の男”ティコ・ムーン”をめぐる過去の秘密を抱えた人々の愛と裏切りの物語・・・。

　静寂で美しくもデカダントな悪夢世界。折れたエッフェル塔、その隣にモスクが見える月のどこかの奇妙な都市。ＳＦ的な仕掛けとして、月面都市であることが前面にでてくるようなところはほとんどありませんが、映像全体に地球の重力を逃れた浮遊感のようなものがあります。ちょっとタガがはずれたような、夢の中で酔っているような心地良さ。石灰色を基盤にした映像の中に、マクビー一族の首筋に現れる真青な染み、同じく真青な蜥蜴、女殺し屋レナの赤いショートボブのカツラと、色づかいがとってもおしゃれですね。

　ストーリー構成はわかりやすくはないですが、けっして難解ではありません。繰り返しの観賞に耐える作品であり、本当に味がある作品です。個人的にはかなりはまりました。

　ラスト、ブリジット・バルドーの「ミスター・サン」をＢＧＭに、宇宙船の窓から月面の向こうに地球が浮かんで見えるシーンは実にいいです。

　フランスのコミック作家エンキ・ビラル、監督第一作。
　酸性雨が降り注ぎ、政府軍と反乱軍の戦いが続く近未来フランス。政府高官は秘密の地下シェルター「バンカー・パレス・ホテル」に避難する。アンドロイドの従業員が”サイコウ”のサービスを提供するこのホテルに、彼らを招集したはずの大統領は現れず、反乱軍の女スパイ、クララがまぎれこみ、さらに元政府要員でありながら裏切者と追放されたアルキンソンが政府高官になりすまして潜入している。出ていく方法のない閉ざされた空間で、地上からの映像がとぎれ、水、電力の供給もあやうくなり、不気味な爆発音が近づいてくる・・・。

　荒れ果てた寒々とした雰囲気の映像に、シニカルなストーリー。人間の滑稽さとその人間が行う政治の滑稽さが描かれます。途中かなりだれますが、どう考えても「未来」のない設定で、一体どういう結末を迎えるのか、それが知りたくて知りたくて最後まで見続けてしまいました。オルム産業が誇る”大型削岩機”はえらく懐かしいデザインですね。クララのうんざりした表情こそがこの映画の本質であるシニシズムの象徴なのではと思ったりしましたが、ラストの大統領とクララの会話に、その後の物語を果てどなく夢想してしまいました。

　すっごくおもしろい、という映画ではありませんが、エンキ・ビラルに関心をもった人は見てみると興味深いでしょう。