『青の時間』薄井ゆうじ ハルキ文庫
「珠玉の青春ファンタジー」と帯にありますが、「頼むからそんな凡庸な言葉でひとくくりにしないでくれ〜!」と叫びたくなりました。世の中に、よくできた傷付きやすく壊れそうな青春小説はたくさんあります。でも、透明で繊細なガラス細工のようで、しかもダイヤモンドのような硬度をもった物語の存在というのは奇跡的なことなのです。
物語の語り手・満が中学生だった頃、ほんのひととき軌跡を共にした万里男という孤独な転校生がいた。時は流れ、水車小屋とカブト虫の思い出は記憶の彼方に追いやられ、フリーのプロモーターとなった32歳の満が手掛けているのは、世界的に有名なマジシャン・ブルーを日本に招聘するという仕事だった。およそ不可能と思われたこの仕事だが、ブルー本人と会うことができた上に、彼は来日に乗り気だった。公演に向けて、満はブルー・エイジェンシーを手伝うことになるが、ブルーについて知れば知る程、謎は深まってゆく。ブルーは万里男なのか? やがて前代未聞のイベント計画の片鱗が見えてくる。
謎が明かされてゆく過程が一つの進行軸になっているのですが、実を言えば謎解きは単なる味付けでどうでもいいのですね。肝要なのは、ブルーという存在であり、彼に結び付けられてしまった人々の存在そのものなのです。
読みながらしきりと思い出されたのは、ポール・オースターの『リヴァイアサン』でした。爆弾魔「自由の怪人」となって爆死した友人と、マジシャン・ブルーとはどこか重なりあって見えるのかもしれません。
同作者の『天使猫のいる部屋』を読んだときには「ちょっと違うなあ」と感じたのですが、この作品はそのもどかしさを埋める答えをくれた気がします。作品発表当時、約5年前にこの作品を読んだならば、果たしてこれほどの感動を覚えたかどうかというと確信はなく、自分と作品との出会いという点でも奇跡的なタイミングなのかもしれませんが。なんというか、この手のタイプの作品としては、今の自分にとって究極の作品に出会ってしまったような気がします。まさにOnly one な作品。
買った時には全然気がつかなかったのですが文庫版の解説は佐藤亜紀でした。なんだか二重に得した気分。
『木島日記』大塚英志 角川書店
同名コミックが先にあってそのノベライズという形ですが、小説単独で十分楽しめます。
民俗学者の折口信夫が執筆したと思われる、表紙に「昭和十二年〜昭和十六年」と書かれた日記をもとに書かれた小説という仕掛け。
折口信夫は迷いこんだ古書店「八坂堂」で、奇妙な仮面をつけた木島平八郎という店主に出会う。奇想天外な過去を語る木島に「憑かれた」かのように、その出会いの後、折口は次々と奇怪な出来事に巻き込まれてしまう。
木島の裏の顔は「仕分け屋」。陸軍の瀬条機関の研究の結果生まれてしまった「この世にあってはならないもの」を始末する仕事を請け負う。異常な記憶能力や計算能力をもつ白痴の子供たちの脳を電極でつないだ未来予測計算機、東北にあるキリストの墓と偽天皇の家系に伝わる草薙の剣、人魚、ユダヤ人満州移住計画・・・。
確信犯的に書かれた偽史、まったくの虚構という意味で一種爽快なおもしろさです。「それはないだろう!」というような不満を感じさせることなく、読ませてしまうところがこの小説のすごさかも。
良い意味で「キャラクター小説」というのを感じる点は、パロディネタの一つや二つ即座に浮かんでくるところでしょうか。満州から連れてこられた不思議な力をもつ美少女・美蘭もかなり好きなんですが、やっぱり、世渡り上手で権力者の後ろ楯をもった上でやりたい放題ができる一ツ橋ってめちゃめちゃおいしいキャラだわ。(一ツ橋のタガが吹っ飛ぶと榎木津になるんじゃないかと思ったり(笑)。)
『祈りの海』グレッグ・イーガン ハヤカワ文庫SF
イーガンってこんなにおもしろかったっけ?
と思ってしまう程、読みやすくて密度が濃い短編集でした。
目が覚めると毎回違う「誰か」になって数日を過ごす男の物語。(「貸金庫」)
寿命も知能もあらかじめセットされた赤ちゃんペットが合法化されている世界の物語。「キューティ」)
胎児に”害をもたらす”ものを排除する”繭”が実現した世界の物語。(「繭」)
<ハザードマシーン>の出現で未来からの記録を手にすることが可能となった世界の物語。(「百光年ダイアリー」)
ミトコンドリアDNAの検査により人種をとびこえ世界の巨大な家系図のうち自分がどこにあてはまるのかわかるようになった世界の物語。(「ミトコンドリア・イブ」)
などなど、思わず「こういう世界は本当にあるのではないか」と思ってしまう世界設定の数々。
『宇宙消失』、『順列都市』は、「おもしろい」に至るまで時間がかかったり、わかったようなわからないようなおもしろさだったりしたのですが、これらの短編はアイディアもわかりやすく、きれの良い展開、ビターな結末と実に上手いです。感情過多ではなく、しかし主人公の気持ちに同調でき、なんとなく仮想体験をしたような気分になります。
瀬名秀明氏の解説にもありますが、主人公が見かけとは異なる世界の隠れた真実の断片を見つけてしまう過程と、「本当の自分とは何か?」という問いがパラレルになっているところが非常におもしろいです。で、結局のところ”確かな世界”も”確かな自分”もあるわけではなく、「それが人生さ」というところに私は共感を覚えます。
表題作「祈りの海」はこの短編集のラストを飾るに相応しい作品。さざなみのように琴線に触れるラストは実にいいです。
しみじみ良い短編集に出会いました。
『八月の博物館』瀬名秀明 角川書店
21世紀幕開けの1冊は、前世紀積み残しの(ちょっと季節外れな)作品を読むことになりましたが、これが結果としては大正解。『パラサイト・イヴ』も『BRAIN VALLEY』も途中で乗り切れなさを感じてしまったのですが、この作品は尻上がりにのめりこんでいけました。
小説とはなにか、物語の感動とはなにか、を問い続ける作家「私」。「私」が語り始める物語は、20年前、小学生最後の夏休みに遭遇した不思議な博物館から始まる。その物語の主人公の少年・亨は、どの時代のどのミュージアムにも行ける”ミュージアムのミュージアム”で、黒猫を抱いた美宇という名の少女と共に、時空を超えた冒険へと乗り出してゆく。亨の物語は、プロローグに登場する19世紀の考古学者オーギュスト・マリエットの物語と結合し、やがて、作家「私」の物語までもが溶け合い、一つの物語が姿を見せることになる。
なにか書こうとするとすぐねたばれになってしまうので、あまり多くを語れないのですが、ジグザグに斜面をのぼってゆくような丹念な積み上げが、結果としてすばらしく豊饒な物語を紡ぎ出しています。
この作品は物語の力を信じる小説読みにとって、一歩さがったところから俯瞰した上でそれでもあえて”物語”に踏み込んでゆこうとする自分を、エンターテイメントを楽しみながら素直に再確認できるという意味でも一読の価値ありでしょう。
それにしても2000年の国内SFは豊作でしたねえ。この調子で2001年も期待したいところです。
『大神亮平 奇象観測ファイル 憑融』青木和 徳間デュアル文庫
『SFJapan [MiILLENNIUM:01]』掲載の短編「ひとりぼっちの子供」と同シリーズの長篇。
郊外型新興住宅地としてゆるやかに都市人口を受け入れる町「希志堀井」。病気がちの長男・嶺の健康を気づかって麻木家4人はこの町に引っ越してきた。嶺と対照的にいつも元気いっぱいな弟・灘が行方不明となり、町のはずれのカエリ淵で意識不明の状態で見つかる。九死に一生を得たかのように回復する弟の様子がどこかおかしいことに嶺は気付く。
灘を付け回す偏屈な本屋のおやじ・高荘は何を知っているのか。高荘と嶺の高校の生物の非常勤講師・大神亮平の過去とが交差する出来事から導き出される真相に救いはあるのか・・・。
相変わらずプロローグのなめらかな文章は好みですね。実にキャッチー。
筋運びはもう少し整理できるのではないかと思うのですが、不思議なのは、一歩先を予測させるストーリーテリングが、あやういところで、「先がみえみえ」というネガティブな方ではなく、次に起こることへの期待感に転じているところですね。展開を予測しながら楽しめるメロディラインの心地よさに似ていますが。
物語自体にあまり目新しさはないのですが、やはりこの文章には惹かれます。
大神亮平のキャラクターがもっと立ってくると魅力的なシリーズになるのではないかと思います。