『銀河帝国の弘法も筆の誤り』田中啓文 ハヤカワ文庫JA
「ジュニア小説家の中には変な作家がいるんだなー」と思ったのが、「脳光速」をSFマガジンで読んだ時。その時感じた変さ加減は大変甘っちょろかったことが、後に証明されるわけですが。
その作者、田中啓文の記念すべき初のSF短編集が本作。
店頭で表紙と帯を見てまず開いた口が塞がらず、著者近影でくすくす笑いに移行し、さらに献辞で爆笑し、中身はもとより、最後のあとがきまで余すことなく楽しめるという豪華な仕掛け本。書き下ろし2本の拍車がかかった脱力さぶりはもちろんのこと、それに加えて著者の人となりを綴った、小林泰三、我孫子武丸、田中哲弥、森奈津子、牧野修の解説がふるっています。もし万が一「私は田中啓文なんて作家は知らない」という方がいましたら、この解説だけでも読んでみることをお勧めします。作品を読みたくなること間違いなし!
私のお気に入りは「銀河を駆ける呪詛 あるいは味噌汁とカレーライスについて」なのですが、今回読みなおしてみても、やっぱりこのセンスはすごいと思います。また、書き下ろしの表題作を読みながら、「これって翻訳不可能だよなー。まがりまちがって他言語に翻訳しようとして七転八倒する様を想像するだにおかしい。」などと思っていたら、やってくれますね、今月のSFマガジン(2001年4月号)。田中啓文特集には、短編「吐仏花ン惑星 永遠の森田健作」、インタビュウ、作家論、自作解説に加えて「英訳短編●全銀河で絶賛を浴びたあの名編を、英語版にて特別掲載!」とのあおりがついた「Kukai in Galactic Empire」(Translated by Dogwood Hope)が掲載されているではありませんか。これはもう「やられた!」としか言い様がありません。完敗です。SFマガジンってこんなにおもしろい雑誌だったんだ・・・と認識を新たにした次第です。
それにしても『永遠の森 博物館惑星』がアカデミー賞なら、『銀河帝国の弘法も筆の誤り』は文句なくゴールデンラズベリー賞でしょうか(笑)。
ともあれこのハヤカワ文庫JAの歴史に残る一冊、まだの方はぜひお手元にどうぞ。
『HOT BRIT GROOVERS EXHIBITION〜英国偏屈展覧会』(トーキンヘッズ叢書第15巻)アトリエサード
憧れの90%は勘違いだったりするのだけれど、でも、カリフォルニアの抜けるような空の青さに憧れるか、ロンドンのどんよりした灰色の雲に憧れるかというところで、嗜好の差があることだけは確かなようで。一般向けのガイドブックが欲しい方には用はありませんが、イギリスユーモアと聞いてクスクス笑える方にはぜひともお勧めなのがこの一冊。
映画、美術、ダンス、小説、音楽といった切り口が、執筆者およびインタビューを受ける人のアクに応じて、自由自在に展開されています。どういう内容かというと、たとえば、BRIT MAP[人物編]の「スコットランド」を見てみると、デヴィット・バーン(トーキンヘッズ)、マイケル・クラーク(ポスト・パンク・ダンサー)、イアン・バンクス(「蟻工場」)、ロバート・カーライル(「フル・モンティ」)、アニャ・ガラッチュ(展覧会中に腐っていく花)、ダグラス・ゴードン(「サイコ」を24時間に引き延ばす)、コナン・ドイル(シャーロック・ホームズ)、シーナ・マッケイ(「燃える果樹園」)、アーヴィン・ウェルシュ(「トレインスポッティング」)、というラインナップ。あとは押して知るべし。
「挑発を続けるイギリス美術の現在」(桜井武)とか、真面目な所でも、いろいろ知らないこともたくさんあっておもしろかったです。
そうそう、ピーター・グリーナウェイの作品は、映画だと思うからトホホな感想がでてくるわけで、あれはアートだと思えばOKですよねー。
一番笑ってしまったのは「禁断のロードショウ - BRITISH SHOT YOU! AT ALL TIMES」(井手亞紀子)。あまりにおかしすぎて、私の口からは片鱗さえも申し上げられません(笑)。
それにしても、勢いとは云え、amazon.ukから"Their Heads are Anonymous"を注文してしまった私って・・・。
『MAZE』恩田陸 双葉社
アジアの西の果て。人が滅多に入り込まない、深い谷を超えた先の白い荒野に存在する直方体の白っぽい建物。自然に作られたものなのか、人口物なのかもわからない。昔から「存在しない場所」または「あり得ぬ場所」と呼ばれるその建物の中では人が消えるという。
その建物の謎を解くべく、友人の恵弥に連れてこられた満。この7日間の期限付きの謎解きミッションで行動を共にするのは、米国軍人のスコット、現地有力者のセリム。全てが謎めいたままスタートするが、果たして「人間消失のルール」は見つかるのか・・・。
恩田陸版『CUBE』だ! というのが、読みはじめてまず浮かんだことでした。訳の分からない状況で「ルールを見つけろ!」ですからね。満の「仮説」もなかなか雰囲気が出ていて楽しめますし、さらに第三章ではホラー風味がどんどん盛り上がって、思わず声を上げてしまいそうなおもしろさです。
で、さて問題の第四章。ああ、どーしてこんな説明つけちゃうんだろう・・・。今まで、設定の嘘っぽさには目をつむろう、と思っていた所が、一気にがらがらと崩れてしまった気がします。場を設定するためには、リアルであることだけが良しとは思わないのですが、それなりに虚構の場を場として保ってほしいなあと。
『CUBE』のすごさはあの徹底して説明しなかった点だと思っているのですが、いっそ恩田陸版『CUBE』ならば、「真相」なしで文字通り「そして誰もいなくなった」で終わっても、かえって納得したのではないかという気がします。「真相」に説得力がなかったもので、「真相」の先にまだ謎があるんだよーという、本来余韻を楽しめるはずのラストで、「『六番目の小夜子』と同じ手法を使っただけか」とげんなりした読後感のみが残ってしまった感じがします。
暗闇に浮かぶ一瞬の「ビジョン」はとっても好きなんですけどね。
『月の裏側』や『ライオン・ハート』のあとでは、わがままな読者は常に驚かせてくれることをもっともっと、と期待してしまいますね・・・。