99年11月



『木曜組曲』恩田陸 徳間書店
 たて続けに恩田陸作品が出版されて、ファンとしてはうれしいやらもったいないやら。
 今回は今までの長編に特徴的な幻想感や不可思議なものは影をひそめたミステリ長編。ミステリとしては広く受け入れられやすいかもしれません。

 4年前薬物死を遂げた耽美派の巨匠作家、重松時子を偲び、毎年うぐいす館に集う女たち。時子の死に釈然としないものを感じながら、それぞれに彼女の影響を引きずる5人。今年の偲ぶ会は謎の花束の贈り物から幕を開けた。花束にそえられた告発メッセージから、時子の死をめぐる意外な事実が語られはじめる。一癖も二癖もある個性的な女たちの息詰まるような心理戦がたどりつく真相とは・・・。

 洋館を舞台にミステリアスなカサブランカの花束、その横に立つ動揺する美女。設定から登場人物、ストーリー展開まで、まるで2時間テレビドラマを見ているような、うそっぽさという仮面をかぶった虚構。演出効果のあざとさがストーリーと巧妙にからんでくるところが確信犯でしょう。中盤まで展開が読めないおもしろさが楽しめます。そして、(これがテレビドラマの原作ならばおそらくカットされるでしょうが)ラストにそれぞれが「これから」を思い描くシーンがいいです。

 読み終わってまっさきに浮かんだのは「女ってしたたか・・・」という思いでしたが、登場人物が全員男だったら絶対同じ展開にはならないことでしょう。

 さて、次の休日は茄子とトマトのスパゲッティでブランチ、ハードボイルドを読みながら優雅に過ごす午後というのはいかがでしょう(笑)。

*関連作品:『たけくらべ』『危険がいっぱい』



『象と耳鳴り』恩田陸 祥伝社
 待望の恩田陸短編集です。
 『小説non』その他掲載のミステリ「関根多佳男シリーズ」をまとめた形になっています。”謎解き”のおもしろさとともに、恩田陸独特の雰囲気のある作風が楽しめる作品群です。
 さて、このシリーズの主人公・関根多佳男。あとがきに「デビュー作の主人公の父親」とあり、私同様一瞬とまどった方もいるのではないかと思いますが、『六番目の小夜子』で「サヨコの謎」を追いかけるいわば探偵役、関根秋(しゅう)の父で物語にも登場します。『六番目の小夜子』ではとぼけたようで茶目っけのある印象の人物でしたが、こちらのシリーズでは子供たちから「捕らえどころのない天邪鬼」と言われる様々な面をみせてくれます。また個性豊かな関根家の人々が登場し、この家族のおもしろさも物語に華を添えています。

「曜変天目の夜」
実は私が初めて読んだ恩田陸の作品は初出時のこの短編でした。「今日は、曜変天目の夜だ」というキーセンテンスと、茶碗の中の宇宙の幻影が印象的で、恩田陸という作家に対して興味を覚えるきっかけとなりました。読み返してみてストーリー自体はきれいさっぱり忘れていましたが、あの眩暈感はそのままによみがえりました。
「新・D坂の殺人事件」
渋谷という街になじみがあり(大嫌いな街ですが)最近携帯電話を使いはじめた私としては、身につまされるようでなんともぞっとする話でした。
「給水塔」
東京という街に対する多佳男と満の考察がおもしろいですね。「人間が水を怖がるのは別の理由があるんだと思うんですよ。(p.51)」という満のせりふはなにか新しい物語を予感させるフレーズですがいかがでしょう。それはともかく、時枝満シリーズというのもおもしろい探偵物になるのでは?
「象と耳鳴り」
物語そのものより、このタイトルのもつ不思議な吸引力が気に入りました。
「海にゐるのは人魚ではない」
タイトルの美しいモチーフから展開される推理が二転三転し、冷たい海の水に触れたような結末のひややかさにぞーっとしました。中原中也の美しくも物悲しい詩が耳に残るようです。
「ニューメキシコの月」
入院中の多佳男の見舞い客が持参した一枚の白黒写真から、安楽椅子探偵よろしく連続殺人犯の意外な素顔が明かされます。ラストの余韻が秀逸。
「誰かに聞いた話」
人間の連想というのは本当に不思議ですね。多佳男の妻、桃代の謎解きぶりもなかなか堂にいっています。
「廃園」
幻想的な過去の記憶に封印されていた幼なじみの死の真相。むせかえるような薔薇の香り、空の青さ、熱に浮かされたように薔薇の園を歩いていく30年前の主人公の幻影は疑似体験のように鮮烈です。幻想的なラストもいいですね。
「待合室の冒険」
この話では関根家の長男・春が主人公を食って活躍します。淡々としていながら俊敏な行動をみせる春は名探偵候補でしょう!
「机上の空論」
春と妹の夏が洞察力の鋭さを披露しますが意外な落とし穴が・・・。「二人の共通の友人の失踪事件」をぜひ読みたいですね。
「往復書簡」
手紙だけでつづられるミステリ。「閉架式図書館」の話は共感するところがありました。インターネットでキーワード検索をした時の玉石混合の情報の洪水などはいい例でしょう。
「魔術師」
前半都市伝説がぽっ、ぽっ、と語られる部分の読み手の心をざわつかせる何とも言えない雰囲気はこの作者のお得意ですね。その都市伝説自体は人間心理と重ねあわせてあざやかに解き明かされますが、それでいてラストに”場の力”ともいうべきわりきれない”何か”が登場するところが恩田陸らしくて私は好きです。

 *関連作品:『九マイルは遠すぎる』『D坂の殺人事件』『青色廃園』



『魔法の庭<3>地上の曲』
妹尾ゆふ子 プラニングハウス
 
 魔法の庭シリーズ(『魔法の庭<1>風人の唄』『魔法の庭<2>天界の楽』)の完結編。
 イザモルド姫の庭にたどりついた妖魔の王シリエンとうたびとアストラはそこに氷雪に覆われ荒れ果てた庭を見い出す。
 魔法の庭の秘密、氷姫イザモルドの身に起こった真相。待ち人を呼ぶ唄は止められた時を再び動かし、同時に神々の物語をも紡ぎだす旋律となる。

 三部作の最後にふさわしい密度の高い一冊に仕上がっており、力強く美しい音楽を常に響かせながら、神話的な大きな物語展開まで果たしてくれて大いに満足です。予想外に第一部、第二部そして『風の名前』の伏線がでてきてびっくりしましたが、きっちりはまっていてお見事。歪みのない細工物を手に取った時のような、あるいは鍵がカチリと鍵穴に合った時のような、そんな心地良さを感じました。

 今回は物語が目まぐるしく展開することもあって、動的であり映像的、もっと具体的に言うならフルカラーアニメーション(効果音&BGM付き)のようなシーンが数多く印象的でした。シリエンと闇の御子があいまみえるシーンや青い薔薇を縫い取ったイザモルドと常春の庭の変化、王の最期、そして湖のシーン等々。イメージが頭の中できれいに動いて見えるというのはなかなかに快感です。春日聖生の挿し絵はかなり印象的なので、最初はちょっと邪魔になるかなという懸念もあったのですが、見事にイメージを広げてくれました。(個人的には闇の御子の挿し絵がお気に入り!)
 頭の中ですっかり映像を見ている気分になり、ラストはアストラのタペストリー風の静止画にタイトルロールが流れる幻想に酔ってしまったので、終章はすでに私の中では別個の後日談になってしまいましたが。

 さて、最終巻を読み終わって、この物語全体を振り返ってみると・・・。
 奥深さをじわじわと見せてくれたシリエン、狂言回し的な役割を担いながら愛すべきキャラでありつづけたアストラ、”影”となったナパール、哀しい運命を背負ったイザモルド姫、そして、圧倒的な神の魅力とそれに隠れた痛ましさを持つ闇の御子等々魅力的なキャラクターが多く登場し、キャラクター追い的な読み方をしても十分楽しめる物語ではありますが、この物語の真のすごさは、”世界が物語っている”と思わせるところではないでしょうか。作者の思惑でキャラクターが動いているのではなく、あたかも一つの黄金律にのっとった”そうあるべき世界”を垣間見ていると思わせてくれた気がします。それは語り手であり創造主である作者のしっかりしたファンタジー観故であり、それに基づいて構築された奥行きのある物語の世界観故でしょうが。
 この点からも、『風の名前』を読みはじめた頃の莫とした作者への期待が、三部作を読み終わって、現代の語りべとしての大きな期待に変わりました。これからも歯応えのある味わい深いファンタジー(出来れば「音楽が聞こえる」)をぜひ書き続けてほしいと思います。     
 

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